第4話 千里を走る噂
昼で終わったホームルーム故に多少のハプニングはあったがビテンとマリンは学院寮に戻った。
マリンが部屋着に着替えてエプロンをつけると昼食の準備に入る。
学食も開放されているが、男であるビテンが悪目立ちするため二人だけの空間の方が色々と気兼ねせずに済むという理由もある。
そんなわけで自室で昼食と相成る。
今日のメニューはボンゴレ。
それをフォークで巻きながら、
「マリン」
とビテンが問う。
「なんでけしかけた?」
「あう……。ビテンはあなたなんかに……負けない……」
クズノに向かってマリンはそう言った。
その信頼に応えるためにものぐさを押してクズノと決闘する羽目になったビテンである。
「あう……」
とマリンは怯む。
元より押しの弱い性格だ。
言葉を選ぶのに苦慮しているようだった。
「だってビテンは……強いでしょ……?」
出てきたのはそんな言葉。
「否定はせんがな」
ビテンの答えも中々のモノだ。
「なら……大丈夫……」
マリンはむしろ自身を納得させるようにそう言った。
その信頼は重かったが想い人の心情に肩入れせざるを得ないのも恋心の業であって。
結局、
「はぁ」
決闘を破棄するわけにもいかないのだった。
パスタを食べ終わって食後のコーヒーと相成る。
「しかし決闘と言ってもな……」
コーヒーを飲みながらビテンが疑問を口にする。
「俺とクズノで戦うわけだろ?」
「だね……」
「殺し合うのか?」
「どうだろう……?」
首を傾げる二人。
そもそもにして魔女は学院の貴重な財産だ。
殺し合って一人が欠けたら一人分だけ損することと同義だ。
「それと知らない学院でもない」
とは思うものの、
「だが決闘だしな」
との憂慮もある。
元よりビテンは負ける……あるいは劣るつもりが毛頭ないが、それはそれで相手側への配慮が必要となるわけだ。
気配りが自身か他者かの違いなだけで合理性に変わりは無い。
コーヒーを飲む。
「やっぱ男が魔術を使っちゃまずいのかね?」
単なるぼやきだったが、
「あう……そんなことない……」
答えたマリンの言葉は真摯だった。
「ビテンは……強い魔術師……だよ……?」
「ありがとな」
照れて頬を朱に染めるビテン。
マリンの信頼は重いが嬉しくもある。
そんな二律背反を心地よく思うあたりビテンも人が良かった。
――しかし入学初日からこれじゃあ勝っても別の女性優位主義者に喧嘩を売られるだけじゃないか?
これは言葉にはしなかった。
ビテンは表面上コーヒーを飲みながら思案する。
というのも、何度も述べた通り、
「魔術は女性のモノ」
というのが通念でビテンを認めることは心情的に苦しいのが必然だ。
ビテン自身、
「何故自分が魔術を使えるのか?」
とアイデンティティに問いかけ続けて長いが明確な答えは得ていない。
女性優位主義者にとって魔術とは選ばれた人間(つまり女性)の特権であり、ビテンが魔術を行使するのは魔術界隈における冒涜の象徴である。
まして此度相手にするのは学年主席。
その持つプライドは考えるだけで辟易させられる。
少なくとも新入生最強と言って過言ではない実力者なのだろう。
そも決闘を挑んでくるあたり既に魔術を身につけていて当然。
それはビテンにも言えることだが。
「問題は……」
どこまで本気を出していいのか?
それに尽きる。
考えれば考えるほど暗雲立ち込める心象風景だった。
一応のところビテンもクズノが美少女だということに異論はない。
それを傷つけろと言われて気後れする程度には紳士である。
ヒールやリザレクションを使える魔女がいるため最終的にはどうにかなるにしても暴力に訴えることに違いはないのだ。
ビテンはよほど難しい顔をしていたのだろう。
「あう……。ビテン……大丈夫……?」
マリンが心配してきた。
「無病息災だ」
苦笑い。
「ビテンは優しいね……」
「マリンにはな」
「でも……クズノにも気を向けてる……」
「浮気じゃないぞ?」
「知ってる……」
会話がかみ合っていない。
「どうやって穏便に決闘をおさめるか……考えてるでしょ……?」
「いつの間にお前はレコードが使えるようになったんだ?」
「あう……。そんな大層なものじゃ……ないけど……」
しどろもどろと云った様子だ。
「メンツを潰さず勝利する方法って無いもんかね?」
「あう……。難しい……ね……」
そう言わせるのはマリンの引け目なのだが。
*
「学年主席と男子生徒が決闘をする」
それは電撃的に大陸魔術学院に噂として広まった。
さもあらん。
学年主席とはつまり現時点における新入生最強の称号だ。
対する男子生徒は別の意味で目立つ。
その二人が争うというのだからこれ以上の話題は無いだろう。
決闘の申請を事務員に受理させて日程を決める。
アリーナの一つを借りての決闘となった。
当然見物人になるつもりの生徒多数。
裏では賭博まで行われる始末。
ちなみにビテンの勝利は大穴だ。
当たり前だがビテンの魔術行使に半信半疑なのが原因であり、仮に魔術を行使できても学年主席には敵わないだろうという至極当然の筋道に因るもの。
ビテンとクズノは入学式当日のソレと決闘の申請以外では会話をしていない。
ビテンは相変わらずマリンと隣合って仲睦まじく講義に出ていたし、クズノはクズノで優秀な魔女として新入生の中心的人物となりおおせていた。
「男は下等種」
というのが魔女の常識で認識だったが、それを加味してもビテンは美少年だった。
魔術を使う男子であり学年主席と決闘するという噂が広まった末に恐いもの見たさでビテンに意識を向け恋に落ちる女子も少なからず存在した。
「ビテンくん」
「はあ」
「私と付き合ってください」
「謹んでごめんなさい」
まぁそんなわけでマリンに申し訳ない程度のしがらみも発生するということだ。
マリンは、
「あう……」
と呻くばかり。
美少女でありながらそれを自認してはいないためマリンはビテンの言動に一喜一憂せねばならなかった。
「君がビテン?」
目に見えて上級生だろう生徒に昼休みの食事中に声をかけられたこともある。
「そうですが」
抑揚のない声。
特に何とも思っていないらしい。
上級生はそれに気づいていない。
「うん。可愛い顔してるじゃん」
「恐縮です」
そっけない。
「本当に決闘するの?」
「しますよ」
「魔術使えるの?」
「まぁほどほどに」
「なんならお姉さんがレクチャーしてあげよっか?」
「お気持ちだけ」
けんもほろろだった。
黒髪はツンツン尖ったウニ頭ではあるがビテンは美少年には違いないのだ。
うら若き乙女の噂の材料としては一級品だ。
先のようなアプローチは日常の一風景と捉えて問題ない。
同級生から上級生までビテンの上っ面に好意を寄せる者は少なくなかった。
当の本人はマリニズムであるためマリン以外に好意を示すことは無いのだが。
「ビテンくんこっち向いて~!」
「はい。私の友達からラブレター」
「あの子がそうなの?」
「格好いいね」
「ちょっといいかも……」
そんなこんなでクズノとは別の意味で女生徒の中心人物というか台風の目になっているビテンだった。
それがマリンやクズノには面白くない。
当人に責が無いのは重々承知の上で、しかして納得も出来ない両者。
「やっぱり……ビテンはモテるね……」
「恐縮だ」
どっちが皮肉かわかったものではない。
学生生活に多少なりとも支障が出るレベルである。
「マリンは大丈夫か?」
「あう……」
「だよなぁ」
ガシガシと頭を掻くビテンだった。
顔の印刷が良いのはビテンもマリンも同一だが、ビテンは異性であるため女生徒の慕情をそれなりの数引き受けていた。
また一人の女生徒が話しかけてくる。
「決闘の勝算は?」
「見て結果をご覧じろ」
辟易として答える。
魔女(の卵)に一人だけ男子が混じっている。
のみならず魔術を行使する。
否定する者と肯定する者で綺麗に分かれる評価だ。
学院では講義やイベントでもない限りにおいてアリーナは解放されている。
講義なら魔術の実演。
イベントなら現在話題のビテンとクズノの決闘がそれにあたる。
そうでないアリーナでは魔女たちが魔術の行使を切磋琢磨していたが、決闘の期日が近づいていってもビテンが(少なくとも人目のある場所で)魔術の訓練をすることはなかった。
クズノは毎日魔術の練度を深めていっているのに対して、である。
やる気の有無を問う声もあったがビテンはのらりくらりと躱す。
そしてのらりくらりと講義を受けるのであった。
隣にマリンを控えさせて。
そんなわけで実際のビテンの魔術能力を知る者は隣のマリン以外にいない。
既に手遅れとはいえ目立つことに煩わしさを覚えるビテンであるから実力を見せつけるということもしないのだった。
結果として違法賭博の倍率はビテン側が右肩上がり。
知らぬは当人ばかりなり。
結局誰にも実力を悟らせないまま決闘の当日を迎えるのだった。
最後まで、
「面倒くさい」
というスタンスをビテンが崩すことは無かった。
ものぐさは今に始まったことでもないのだが。
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