第6話 街に出よう
「むに……」
目覚ましのコーヒーを飲みながらまったりするビテンに、
「ビテン……街に行かない?」
マリンがそんな提案をした。
「街にってーと学院街?」
コーヒーを飲みながら問い返す。
「入学の準備にバタバタしていて……学院に引き籠っている状況だったし……日曜日だから……いい機会かなって……」
「俺は構わんぞ」
淡白に肯定するとマリンが花開いたように笑った。
大陸魔術学院は政治的空白地帯で、その周囲もソレに倣う。
関税も緩く物流も賑わう。
必然……大規模な市場が出来るわけだ。
一種の都市国家となっており魔女も多数抱きこんでいるため発言力もある。
とはいえ魔術は魔女のために在るモノ。
であるから四か国の理不尽な命令を撥ねつける程度にしか政治力を行使できないが、そのため平穏であることも事実だ。
魔女にとっては国益を気にせず魔術を研究できる絶好の領域であり、商人にとっては大規模な市場の存在が利益に直結する。
アイリツ大陸の四か国は国境をめぐって相争っているが、そういったしがらみから解放されるだけでも大陸魔術学院という名の都市国家は有益と云えた。
まして市場は魔女にとって有利なものでもある。
日曜日ともなれば青春を謳歌する乙女たちがはしゃぐ場だ。
閑話休題。
朝食を終えたビテンとマリンは学院の制服に着替えた。
ビテンは漆黒の学ラン。
マリンは黒いセーラー服に学生用のマント。
これには理由がある。
「さて」
行こうかとビテンが言う前に、カランカランとドアベルが鳴った。
壁に小さな穴をあけてロープを通し室内のベルと室外のロープの握りを繋げた簡素なドアベルだ。
「あいあい」
と学院寮の玄関を開けるビテン。
そこには制服を纏ったクズノがいた。
心なしか少し頬を赤らめている。
「何か用か?」
ビテンが臆すことなく問う。
遠慮する何物も無いから当然なのだが。
ちなみにマリンはクズノが何を言いだすかを正確に把握していた。
「わたくしとビテンは学友ですわね?」
「そんなことも言ったな」
「では……な……な……仲良く街に出ませんこと?」
「ちょうど街に出るつもりだったんだが」
「マリンとですの?」
「当然」
ビテンはマリンに視線をやる。
「あう……」
と呻くマリンではあったが、言葉ほど困っているわけでも無い。
「クズノも一緒する……?」
躊躇いがちな余裕の発言。
「ええ、是非とも」
クズノも乗っかった。
そんなわけでビテンとマリンとクズノで市場に出向くことになった。
*
「いやぁ。はっはっは」
やけくそ気味にビテンが笑う。
ここは学院街の喫茶店。
ビテンがアイスコーヒーを飲み、マリンとクズノが紅茶とケーキを楽しんでいた。
お代はタダ。
学院街はあくまで学院が主で街が従であるため学院生には金銭的融通が利く。
学院のマントを着ていれば喫茶店程度は金銭取引をする必要は無く、高価な買い物もある程度の割引が効く。
関税が緩い分だけ学院生に都合がつくシステムだ。
それでも割に合うあたり学院街の市場の規模と商人の有益性が見て取れる。
で、話を戻して、
「やっぱ面倒だな」
宿業を笑い飛ばすビテンだった。
何かと問われれば衆人環視の視線と噂である。
特に街に繰り出している学院の女生徒の胡乱げやら浮き足立ちやら。
大陸魔術学院と云う都市国家は魔女のためにあるので魔女が優遇される。
それが尾を引いて女性が優遇される。
その中で男が学院の制服を着ている。
さらに魔術を扱える。
ついでに美少年。
つまり注目に値した。
ビテンとクズノの決闘についても既に学院街に電撃的に広まっている。
男でありながら魔術を使うイレギュラー。
嫉妬と胡乱と羨望と慕情と……その他諸々の視線でぐっさぐっさと突き刺されれば精神的に疲弊するのも必然だ。
やけくその笑いも起ころうと云うものである。
ほとんど歩く広告塔。
当人の是非はともあれ。
そこは、
「気にしてもしょうがない」
と割り切ってマリンとクズノに問う。
「この後どうする? 俺に予定は無いんだが」
「あう……」
「では服でも見繕いませんこと? セレクトショップを幾つか知っていますの」
「制服着てないとまずいんじゃないのか?」
「金銭的融通よりオシャレに気を向けるのが乙女だとビテンは知るべきですわ」
ペッタンコの胸を張って「むふぅ」と息をつくクズノだった。
「まぁマリンの可愛い姿は俺としても見てみたいが……」
「あう……。そうなの……?」
「ああ。着飾ってみたいな」
どこまでも率直。
というかこの程度のコミュニケーションは日常茶飯事だ。
「可愛い服を……私に着せたいの……?」
「ああ」
結局それに尽きるのだ。
クズノの先導のもと、ビテンたちはセレクトショップをめぐった。
結果を先に言えば服を買ったのはクズノだけだったが。
というのもビテンとマリンは荷物や雑事をこれ以上増やしたくないというのが本音であるためだ。
とはいえ興味を否定できはしない。
なのでセレクトショップで簡素なファッションショーが催された。
マリンとクズノが試着室で可愛い服を着てビテンに評価してもらうという方式だ。
ビテン自身は服に興味が無く断固として学ランを脱がなかったが、ビテンに惚れているマリンと気になるアンチクショウ的な感情を持つクズノはビテンに衣装を披露するのだった。
で、結果クズノがブランド服を買ってご満悦……とそういうわけである。
荷物はビテンが抱えている。
とは云うものの魔術の恩恵を受けているため苦にならぬ労ではあったが。
「では夕食を取って寮に戻りましょう」
クズノが取り仕切る。
イニシアチブに興味の無いビテンとマリンは、
「へえへえ」
と唯々諾々。
学院街のレストランに入るのだった。
「妥当だな」
と云ったのはビテン。
クズノは喋り方から態度まで上から目線だ。
「おそらく貴族だろう」
とビテンは睨んでいる。
正解だが。
そんなクズノであるから必然といえばその通り。
「わたくしとて学院生の身でありますから庶民の口にも合わせますわ」
とはクズノの言だが、
「ならレストランなんて選ぶなよ」
などと空虚なツッコミをビテンもマリンもしなかった。
そして学院生であることを盾にレストランのテーブルに着く三人。
コース料理を頼んで会話を咲かせていたところ、
「なんで男が此処にいるのよ」
名も知らぬ女性に絡まれた。
チラリと視線をやって、
「面倒事だ」
と察したビテンはその時点で興味を無くした。
因縁をつけてきた女性はビテンのお冷を掴んで中身をビテンにぶちまける。
女性優位主義者らしい蛮行だったが、
「気は済んだか?」
ビテンは平然と御手拭で水分を拭って皮肉った。
「男なんて汚らわしい存在は出ていきなさい」
ちなみにこのケースは極端ではあるが絶無と云うわけでもない。
魔術が女性のものだというこの世界では魔女でない女性が横柄に振る舞うのも文化の一つだ。
男は下等種という差別が平然とまかり通っている。
無論ここまで極端なのは例外だが、事実は事実として此処に在る。
見ればレストランの利用者は女性が九分九厘だった。
その内の半数が(レストランを利用している都合上)敷居の高い価値観を持っている。
男の贅沢を無視できからぬ。
そんな視線。
ビテンは面倒事を嫌うためその場をクズノに預けた。
当然クズノは学院生としての威力を以て女性優位主義者のエゴを排除してのけたが気まずさは残る。
「短絡でした」
ビテンに謝ってきた。
「お前のせいじゃないさ」
ビテンは苦笑するのみだ。
特にクズノの選択ミスを咎める気配も無い。
「あう……」
と悲しげなマリン。
とはいえビテンがキレればレストランそのものが崩壊するため安堵の意味合いも持っているが。
そして衆人環視の責めるような視線を無視してコース料理を待つビテンのもとに、
「お兄さんがビテン?」
一人の男の子が話しかけてきた。
ビテンも若いが話しかけてきた男の子は輪をかけて若い。
少年……あるいは幼年だ。
「そうだが」
ビテンは遠慮なく答える。
「やっぱり! どうやったら男でも魔術が使えるの?」
好奇心に目をキラキラさせる少年に、
「さてな」
ビテンはけんもほろろ。
「お兄さんは本当に男性?」
「間違いないぞ」
屈託がない。
その言葉に男の子はパァッと晴れやかな笑顔を見せた。
「僕の師匠になって!」
「無理」
「何で?」
「俺は自分でも何故魔術が使えるかわかってないからな」
「男でも魔術が使える生き証人でしょ?」
「何事にも例外はある」
そうとだけ完結するビテンだった。
落胆する少年の親が畏敬と恐縮で以て謝り倒しその場は解放された。
男が魔術を使える可能性。
そが認識されれば女性優位社会が根底から覆る。
それを女性は畏れているし男性は期待している。
であるためどうしても興味の対象から外れることの出来ないビテンであった。
「そもなんでビテンは魔術を扱えますの?」
これはクズノ。
「さてな」
ビテンはコース料理を堪能しながら肩をすくめた。
「わかるならこっちが聞きたいぞ」
それが紛れも無くビテンの本音だった。
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