さびれた田舎町で暮らす小学生の東条朝陽。町には何もなくとも幼馴染の西野日奈と共に遊んですごせれば最高に楽しい夏休みなのは変わりない。そう思っていた朝陽の日常が突如現れた怪異――口裂け女によって一変する。
小学生からすれば普通の大人だっておっかない。ましてや相手は口裂け女。異常に足が速く、軟球ボールも楽々噛み潰し、さらに武器まで持っているとくればますます怖い。この時点でホラーとしては充分なのだが、本作の魅力はそれだけではない。
もうすぐ訪れる中学生活を前にして、将来への不安や男女の運動能力の差から生じるコンプレックス、ひそかに思ってはいるが本人には絶対に言えない恋心など、思春期を迎える少年少女の心情の描き方が非常に上手いのだ。また口裂け女の弱点に気付いた二人が作戦を立てるシーンがちょっぴりフェティシズムを刺激するのも良い感じである。
朝陽が毎朝やっている日課や陽奈が野球をはじめたきっかけなど、物語前半で描かれる二人の日常や過去の思い出が後半のある一点に向けて収束する構成も見事。少年少女のひと夏の冒険と成長を鮮やかに切り取ったジュブナイル小説だ。
(「夏の物語」4選/文=柿崎 憲)