5 リサの誕生日
次の日曜日はリサの誕生日だった。誕生日だというのは直接リサから聞いたわけではなく、リサがゲームアプリのステータス欄に書いていたのを今日、僕が発見して知った。
「日曜日、どこか行きたいところある?」
誕生日だから、と言おうかどうか迷って、結局言わないことにした。誕生日だから何かあるかもしれないという期待通りだとしても、サプライズにしたかった。
毎週末にリサと会うことは、もうわざわざ約束を取り付けなくてもいいほどに定番化していた。
「遊園地行きたいな」
「前行ったとき楽しかったから」
「分かった」
僕たちは夢の中で一度、一緒に遊園地に行ったことがあった。僕の住む街の近くにある、割と大きなテーマパーク。今度は現実で足を運ぶことができる。
「楽しみ!」
文字を通して、にこにこと笑うリサの表情が目に浮かぶ。僕はリサのバースデープレゼントに買ったネックレスの袋に手を置いた。
「僕も」
男が女に贈るアクセサリーには、深い意味しかない。きっとリサは何も考えずにただ喜んで、次に会うときに付けて来てくれるのだろう。ネックレスは首輪の意味だと、僕の独占欲の塊なのだということを知らないままに。
来たる日曜日、いつもの待ち合わせ場所に訪れたリサは気合の入った洋服に身を包んでいた。真新しい白の清楚なワンピースに、軽く羽織った青色のカーディガン、デニムのスニーカー。髪は編み込みをしていて、白いピンで止まっていた。そして、腕に付いているのは僕のあげたブレスレット。
「可愛い」
褒めようという意志のもと言ったのではなく、口を衝いて出てきてしまった。それほど、今日のリサは特別可愛かった。まあ、毎日可愛いのだが。
「えっ、ありがとう」
照れたようにはにかむリサは、誰が何と言おうと世界一だ。そんないつもの数倍魅力的なリサを独り占めできることが嬉しくて仕方なかった。
遊園地に着くと、チケットを買って中に入る。チケット代も二人分払いたかったけれど、リサが譲ってくれなさそうでやめた。どうせ今日は好きなものを買ってあげる予定だし、まあいいだろう。
遊園地はそれなりに人気で、日曜日とあってか人でごった返していた。どのアトラクションも三十分は待つし、人気なものはもっと並ばなくてはならない。
午前中の中途半端な時間に来るべきでなかったと後悔したが、もう遅い。とりあえずどこかに並ぼうとして、最初はメリーゴーランドに行くことにした。
「十分待ちだね」
「うん」
運が良かったのか人はほとんどおらず、二回分待つだけで乗ることができた。二人とも隣同士の馬に跨がり、優雅に上下する。メリーゴーランドに乗ったのは子供の頃以来だったけれど、定番中の定番だからか久々でも楽しかった。
「楽しかった~!」
「僕も、案外楽しめたよ」
いや、多分違うな。母や友達と来ていたなら、ただ
その後、僕たちはコーヒーカップ、ゴーカート、空中ブランコ、ジェットコースターなど、定番のアトラクションを巡った。
今日はなんと運がいいことか、行く先行く先、人が少ないタイミングで、スムーズに回ることができた。
一時を過ぎてお腹が空いてきた頃、これに乗ったらお昼ご飯にしようと、僕たちは遊園地全体を廻る鉄道のアトラクションにやってきた。
お昼ご飯時だからか、また殆ど待たずに乗ることができた。二人並んで座りながら、午後に何に乗るかの相談を兼ねる。
「それにしてもラッキーだね。全然待たずに乗れちゃう」
「うん」
リサの誕生日特典じゃない? と思わず言いそうになって、まだおめでとうは言わずに取ってあることを思い出し、すんでのところで飲み込んだ。
「全部楽しいなぁ。来て良かった」
「リサ、リアクションが新鮮で僕も凄く楽しいよ」
リサはどのアトラクションに乗っても、表情がコロコロ変わって見ているこっちは全く飽きない。今だって、僕は何度も見たことのある景色が続くから無反応だけれど、リサは目を輝かせて園内を眺めていた。
「だって、遊園地に来たのはダイゴとの二回だけだもん」
「そうなの?」
意外だった。まるで初めて見たようなリアクションだと思ったが、本当に初めて来たからだったんだ。
「うん。だから今日も来られて嬉しかったんだ〜」
「それなら良かった」
幼い頃に連れられて、誰しも一度は訪れる場所だと思っていた。けれど先週、家族の話をリサに振ったとき、パッとしない表情を浮かべたことを思い出した。地雷、か。
「ありがとう!」
けれど、それは「お兄ちゃん」とも来たことがないということか。リサは誕生日も僕と過ごしてくれているし、僕の方が上だな。
僕は心の中で、密かにマウントを取るのだった。
お昼ご飯を園内のハンバーガー屋で済ませ、昼一番にお化け屋敷に入った。この遊園地のは怖いと有名で、僕は得意だから何ともなかったのだけど、リサは始終僕を盾にして進んでいた。
お化けが出るたびに、お化け役の人が逆に驚くのではないかというほどの悲鳴を上げて、僕に飛びついて来た。前のお皿の件といい、リサは驚くリアクションが大きい。その点、ジェットコースターはキャーキャー言いながらも平気そうでもう一度乗りたいと言っていたくらいだから、リサの怖いツボが何なのか掴みかねている。
リサと合法に密着できることに内心にやにやとしながらも、ここまで怖がるのなら入らなければ良かったと後悔もした。
怖いと有名なだけあって、仕掛けも凝っていて脅かし方も上手い。次はもう少し怖くないお化け屋敷を体験させてあげよう、と思った。
お化け屋敷を出てからも足が震えて歩きにくそうにしているリサを見て、それを言い訳にして手を繋いだ。前回で慣れたのか、二人の手はすぐに収まるところに落ち着いた。
そのまま、絶叫系が好きだと分かったリサの要望に基づいてアトラクションを巡ることになった。朝とは別のジェットコースター、空中ブランコ、バイキング、フリーフォールなど、続けざまに乗ったせいでさすがの僕も気分が悪くなりそうだった。
反対にリサはけろっとしていて、お化け屋敷終わりの暗い表情はすっかり消えていた。時刻は午後五時をとっくに過ぎていて、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった。その前に、遊園地の入り口近くにあるショップに立ち寄った。
「リサ、何か欲しいものある? 誕生日プレゼントに何かあげるよ」
「えっ」
僕がリサの誕生日を知らないと思っていたのだろう。リサは僕が口にした言葉に驚き、そして笑顔に変わった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
リサは何を持って来るだろうか。できれば形に残るものがいい。初めてリサの誕生日を祝った記念に、いつ見ても今日のことが思い出せるように。
「じゃあ、これ」
数分後、リサが持ってきたのはペアのキーホルダーだった。この遊園地のマスコットキャラがモチーフで、男女問わず付けられるデザインのものだ。
「片方、ダイゴがつけてくれる?」
おずおずと差し出したキーホルダーを即座に手で掴みながら、思わずリサを抱きしめたい衝動に駆られてしまった。
「うん。嬉しい」
その欲望を自制してレジへ向かった。きっとこの時の僕は、さぞだらしない表情を浮かべていたことだろう。
「はい、これ」
会計を済ませた僕はすぐにリサの元へ駆け寄り、買ったばかりのキーホルダーを渡した。
「こっちつけるから、ダイゴはこっちね」
リサはその片割れを僕に差し出した。
「うん」
何に付けようか散々迷って、結局通学用の黒いリュックに付けることにした。リサはどうするか分からないが、もし同じようにリュックに付けたらお揃いで買ったことがバレてしまうだろう。
バレてしまえばいいと思った。リサの誕生日を僕が独り占めしたことを皆に知らしめたかった。どうやら、僕は人一倍独占欲が強いらしい。リサに引かれないように気をつけなければ。
「最後にさ、観覧車乗っていい?」
ショップを出ると陽は大分傾き、世界は橙色に染まっていた。風も肌寒くなり、リサと繋ぐ手から感じる体温の温かさが一層強くなった。
「うん」
待たずに乗った観覧車がガタリと揺れて、扉が閉まる。ゴンドラは少しずつ上昇していき、下にある建物や人が小さくなっていく。
「わぁ」
リサは、その光景を楽しそうに見ていて、僕は楽しそうに笑うリサを食い入るように見つめていた。
「リサ」
二人きりだというこのシチュエーションに緊張しながら、リサの名前を呼んだ。夕暮れ時、観覧車の中で好きな人と二人きり。恋愛上級者ならキスくらいするのだろうか。残念だが、僕にまだその勇気はない。
「何?」
「誕生日、おめでとう」
僕は今日、初めてリサへのおめでとうを口にした。そして、事前に買っていたネックレスを差し出す。
「え、誕生日プレゼントならもう……」
リサはさっき買ったキーホルダーに視線をやって、これ以上受け取るのは悪いと困り顔になった。
「そっちは、リサが初めて遊園地に行った記念だから別だよ」
驚いたでしょ、と笑った僕の手から、リサはプレゼントを受け取った。困った表情は消え、代わりに幸せそうな笑みを浮かべていた。
「ありがとう、ダイゴ。プレゼントもそうだし、今日は一日」
「こちらこそ」
「誕生日祝ってもらったのなんて初めてだから嬉しいな」
リサは、まさか友達にも恵まれていなかったんだろうか。僕たちの学校では人気者だというのに、リサのこれまでの境遇に胸が痛くなった。
「一番目になれて嬉しい」
これから先は寂しい思いは絶対にさせないと心に誓いながら、僕は素直な言葉を口にした。
「ダイゴが一番目で良かった」
微笑んだリサに、胸が大きな音を立てた。
――それは、どういう意味?
聞きたかったけれど、聞けなかった。僕が望んだ答えを返してくれなかった時、どうしていいか分からなくなるだろうから。
「おめでとう、リサ」
だから僕はその代わりに、もう一度祝福の言葉を投げかけたんだ。
✴︎
遊園地デートは大成功だったと言える。僕はリサと恋人になるまであともう一息だ、という確かな手応えを感じていた。
翌日の学校でお互いのリュックに付くキーホルダーと、校則違反ながらにリサの首に光るネックレスを見つけた時、僕は告白しようと固く決意した。
しかし、リサに想いを伝えようという気持ちが強まれば強まるほど、僕の心の中で大きな不安の種が育っていく。僕は大事なことを何かを忘れているような気がして、だけどそれが何なのかを思い出せずにいた。
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