3 放課後
「リサ、連絡先交換しない?」
放課後、僕は恐る恐るリサに声をかけた。転校生のリサは大人気で、男女を問わずたくさん声をかけられていた。何度も一緒に帰らないかと誘われていたリサだったが、やんわりと断り続けていた。僕はその光景を隣の席で見ながら、声をかけるタイミングを伺っていた。
僕は一匹狼で、リサの隣の席になったことを茶化してくるような親しい友人はいない。それは本当に良かったと思う。おかげで、空いた時間は全てリサに費やすことができる。
「うん、もちろん」
リサは僕の声かけに、誰と話す時よりも一番の微笑みで返してくれた。また心臓が鳴る。この調子だと、僕はリサのせいで近々死んでしまうのではないだろうか。死因は恋の病、心臓発作で。
「本当はね、ダイゴの連絡先を一番に登録するつもりだったんだけど」
随分と時間を伸ばしたせいか、教室にいるのは僕たち二人だけだった。だからリサは自然体で僕に話しかける。
むうっと、拗ねたように口を尖らせたリサに、思わず笑ってしまった。僕に笑われたリサは「どうして笑うの?」と、尖らせている唇をより大きく突き出した。
「別にそんな細かいところ気にしなくても」
「大事だよ」
僕の目を見て主張してくるリサ。視線と視線が真っ向からぶつかり合い、リサの意志の強さに思わず目を逸らした。
リサも少なからず僕のことを大切に思ってくれている。それが分かった喜びと気恥ずかしさで、なんと言葉を返せばいいか分からなかった。まごまごする僕の目の前に、リサは無言でスマホを差し出した。
その画面に表示されているのは、メッセージアプリのQRコード。どうやら読み取ってほしいということらしい。僕はそれに応えるように、スマホをかざして連絡先を交換した。
リサは僕の連絡先を手に入れると、不機嫌な表情は一変して明るい表情に変わった。目の前にいる僕に、意味もなくスタ連。僕を揶揄いながら続けるリサは可愛いけれど、少しばかり迷惑だった。
「そろそろやめようか」
「うん」
リサは困る僕を見て顔を綻ばせたあと、何事もなかったかのようにスマホを鞄に入れた。
「ダイゴ、一緒に帰ってもいい?」
僕が断るはずがないのに、リサは不安そうだった。リサは、どんな仕草でも僕のツボを的確についてくるから厄介だ。
「もちろん」
リサは僕のものなんだと、周囲にアピールしたい。だから、リサの申し出は嬉しいものだった。僕と帰るために他の子の誘いを断ってくれたのだと分かって、また心が浮き立つ。
荷物をリュックに入れるリサを横目で見ながら、僕は夢の中よりリアルな恋心を募らせていく。
「ごめんお待たせ。行こ」
残暑も厳しく、太陽の光は眩しく熱い。
「暑くない?」
「暑いね」
リサは手提げから水色のタオルを取り出すと、優しい手つきで首元や額に浮かぶ汗を拭った。と、ここで僕はあることを思いつく。
「リサ、お昼ご飯どうするの?」
今日は始業式だけで授業はなく、三限で放課だった。だから真っ昼間に帰る羽目になって、これ程までに暑いし、お昼ご飯は学校で食べていない。
「家で適当に作って食べようと思ってるよ」
ということは、既にご飯が用意されているわけではないのか。それなら好都合だ。
「じゃあ、このままどこかに入って一緒に食べない?」
「うん、行きたい!」
リサは僕の提案に即座に反応した。パァッと目を輝かせたところを見ると、嫌がられていなくて良かった。
「あっ」
しかし、リサは何かを思い出したのか、一瞬にして表情が曇る。
「ごめん、ダイゴ。私お財布持ってきてないよ……」
酷く残念そうに落ち込むリサ。そんな些細なことは心配無用なのに。
「それなら奢るよ」
月が変わったばかりで、お小遣い制の僕の財布は今、潤っている。更に特段仲良くしている友達がいないために夏休みに浪費することもなく、寧ろ外出しない分余裕ができていた。
必要な時にしか使わないように、今までコツコツ貯めていたんだ。リサのために使わないで、一体いつ使うというのだ。
「それは悪いよ」
僕の財布に入っているお金は、僕が稼いで得たものじゃない。それを分かっているからこそ、リサは遠慮したのだろう。
「それなら今度、ジュースか何か奢ってよ。駅前の店の高いやつ」
奢ってもらったお金で食べる食事は確かに、罪悪感が
それでも、せっかくリサに会えたんだ。食事を奢るくらいカッコつけてみたい。
「それでも悪いけど……。でも、ご飯一緒に食べたいからお願いするね」
「うん、分かった」
どこに行こうかと話しながら、とりあえず駅へ向かって歩き出した。僕はこの時、「ジュースを奢ってもらう」という、次のデートの約束を意図せず取り付けることに成功していたのだった。
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