カツカレー④

「吉田君やっぱりさ、好きな人できたんじゃない?」

「え?」

 後藤さんの口から出てきた唐突な言葉に、間抜けな声を上げてしまう。

「今真面目な顔で考えてた人のこと、すごーく大事なんでしょ?」

「いや、その……」

 今考えていたのはあなたのことです、とは言えずに、口ごもっていると、後藤さんは自分の腕時計にちらりを目をやってから、びくっと身体を跳ねさせた。

「いけない! 今日は昼休み繰り上げで会議する予定なんだった!」

 そう言って後藤さんは慌てて残りの数口のカレーを頰張って、立ち上がってから俺たちに手を振った。

「ごめんなさいバタバタして。またお話しましょうね」

「あ、はい」

「お疲れ様でーす」

 慌ただしく食堂を出ていく後藤さんを見送って、俺は小さく息を吐いた。

 なんだかものすごく、疲れた気がする。

「結局なんだったんだ……」

 呟くと、隣の橋本が失笑して、俺の肩を小突いた。

「吉田とおしゃべりしたかったんじゃないの」

「馬鹿言え。何が楽しくて振ったばかりの男とおしゃべりしに来るんだよ」

「気にしてるの吉田だけじゃないの?」

 橋本は他人事のように笑って、トレーの上に箸を置いた。

「後藤さん、かなり楽しそうだったし、吉田とばっかり話してたじゃん」

 言われて思い返すと、確かに後藤さんは俺とばかり話していたような気がする。橋本は相槌を打ったり茶々を入れたりしていただけだ。

「案外脈アリなんじゃないかなぁと思うけどな、僕は」

「馬鹿、んなわけあるか」

 変な期待はしないように生きているのだ。ましてや振られた相手に対して希望を持つなんてどうかしていると思う。

 俺が橋本の言葉を突っぱねると、橋本はにまにまと笑って続けた。

「僕、今の奥さんに五回振られてるんだぜ?」

「そりゃ知ってるけど……お前は特別だろ」

「そんなこと言うなら吉田が特別じゃない保証もないだろ」

「……」

 言葉に詰まる。

 これ以上は不毛だと思った。

「吉田」

 橋本がもう一度俺の肩を小突く。

「振られてからが本番だって」

「うるせえなほんと……」

 こいつに失恋話をするべきではなかったと若干後悔する。ただ、あの時は誰かに話を聞いてもらわないとやっていられなかった上に、こんな話をできる相手は橋本以外にいない。そう考えると仕方がなかったとも思う。

「さて、煙草吸って戻るかねぇ」

 橋本がそう言うので、俺はぎょっとする。

「お前吸うのやめたんじゃなかったのかよ」

「やめたよ? まあ今日は吉田がたじたじで可哀想だったから、付き合ってやるよ」

 そう言って橋本がスーツのポケットから取り出したのは、駄菓子のシガレットだった。思わず噴き出してしまう。

「お前な……」

「一人で煙草吸うよりいいんじゃない?」

「……それじゃ、付き合ってくれよ」

 二人で席を立って、同じ階にある喫煙室を目指す。

 橋本にいじられるのはどうも好かないが、なんだかんだで、こいつに救われてばかりだなぁと、悔しながらに思った。

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