味噌汁②

「体育座りしてたJKだろ」

「そう」

 だんだんと記憶がよみがえってくる。

 後先考えずに橋本と酒を飲んだのだ。そして、その帰りにこいつを見つけた。

 その後……その後、どうしたんだったっけか。

 女子高生を拾ってからの記憶がほとんどない。じわじわと背中に冷や汗が浮かんでくる。

「……俺、お前のこと襲ったりしてないよな」

 俺の問いに、女子高生は真顔のままこちらをじっと見るだけだ。

 返事がない。どばどばと汗が分泌されるのを感じた。

 昨晩は俺の人生で最も酔っていたと言っても過言でないほどに酔っぱらっていたし、なによりも自暴自棄になっていた。何をしていてもおかしくない。

「……おい、なんか言えよ」

 冷や汗をだらだらとかきながら俺が言うと、女子高生はプッと吹き出して破顔した。

「あはは、してないしてない」

「なんだよ今の間は! 焦っただろうが!」

「からかいたくなっちゃって、ふふ」

 可笑しそうに肩を揺らして、女子高生は言葉を続けた。

「いやね、タダで泊めてもらうのもどうかと思ったから、私はそのつもりだったんだよ? でもおじさんが〝ガキとはヤらねえ〟の一点張りでさ」

「まじかよ」

 よくやった昨日の俺。

 流れに任せて女子高生に手をかけていたら、今頃昨日の俺を今日の俺がミンチにしていたところだ。酔っぱらっていてもそれなりの分別は保てていたようだ。

「だから、何かしてほしいことある? って訊いたら」

 女子高生はそこで言葉を切って、プッともう一度失笑した。

「〝毎日味噌汁作ってほしい〟って」

「プロポーズじゃねえか!」

 断じて言うが、そんなことはいくら酔っていても俺は言わない。

 女子高生は可笑しそうにけらけらと笑っていた。完全にからかわれている。

「おじさんさぁ」

「おじさんじゃねえ」

「なんて名前なの?」

「……吉田だよ」

 女子高生はふぅんと声を上げて。

「吉田さん……うん、しっくり来るな」

「なんだそれ」

「吉田さんって感じの顔してるってこと」

 吉田さんって感じの顔、などと初めて言われた。女子高生特有の感性というものなのだろうか。正直、ついてゆける気がしない。

「私の名前は訊かないの」

「別に興味ないしな」

「えー、訊いてよ」

 完全に会話が女子高生のペースだ。

 しかし確かに、脳内で〝女子高生〟と呼び続けるのも疲れるし、名前くらい訊いてやってもいいかもしれない。

「で、なんていうんだよ」

 俺が訊くと、満足げに頷いて女子高生は自分の名を名乗った。

「サユだよ」

「サユ」

「漢字は、『毘沙門』の〝沙〟に『優しい』の〝優〟って書くの」

「漢字の喩えに毘沙門使うやつ初めて見たよ」

 沙優はにへらと笑って、鍋からおたまで味噌汁をすくった。そして、どこからか勝手に取り出したお椀へ盛り付けた。

「おい、お前いつまでいる気だよ」

「んー」

 声をかけると、沙優は味噌汁の入ったお椀を俺にスッと差し出してきた。

「まあとりあえず味噌汁食べなよ。話はそれから」

「なんでお前が仕切ってんだ」

 俺が答えるのとほぼ同時くらいに、俺の腹がぎゅるると鳴った。

 そういえば、昨夜食ったものはすべて吐き出してしまったのだった。そして昼過ぎまで寝ていたとなれば、腹も減るだろう。

 俺の腹の音を聞いて、沙優はにまにまと口角を上げた。

「食べないの」

「……食う」

 俺は渋々、沙優からお椀を受け取る。

 さすがに、「俺は食うからとっとと帰れ」とは言えなかった。

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