宿代①

「吉田さんフラれたの? かわいそー」

 味噌汁を一口啜って、沙優はどこか他人事のようにそう言った。いや、実際他人事なのだろうが。

 さっさと追い返すつもりが、なぜか昨日の出来事を根掘り葉掘り訊かれ、俺もなぜか素直に語ってしまっていた。

「可哀想とか絶対思ってねぇだろ」

「思ってる思ってる! フラれるのつらいもんねぇ。フラれたことないけどさ」

「そうですか……」

 摑みどころのない会話をしながら、俺は沙優の作った味噌汁を啜る。

 インスタントでない味噌汁は久々に飲んだ気がするが、妙に美味く感じた。塩味がちょうどよいというのもあるし、『誰かの手作り』という事実がどこか胸に染みた。

 ああ、後藤さんの手作りの味噌汁を飲みたかった。

「味噌汁美味しい?」

 後藤さんに想いを馳せているのを遮って、沙優が口を開いた。

「あ、あぁ……まぁ」

「どっちだし」

「美味いよ、それなりに」

「それなりかぁ」

 沙優はけらけらと笑って、いたずらっぽい眼差しを向けてきた。

「その、後藤さん? の作った味噌汁が食べたいとか思ってるんでしょ」

「……思ってねぇよ」

 心を見透かされたようで少し居心地が悪くなる。沙優からスッと目を逸らすと、彼女は再び可笑しそうに笑った。

「図星かぁ。わっかりやすいんだ」

「鬱陶しいJKだなほんとに」

 俺が露骨に顔をしかめると、沙優はそれすらも面白いと言ったように、くすくすと肩を揺らした。

 どうも、こいつと話していると胸の奥がムカムカとするような、くすぐったいような、よく分からない気分になる。

 会話のペースがすべて彼女に持って行かれてしまう。女に主導権を握られるのは、あまり良い気分がしなかった。

「ね、吉田さん」

「おわっ」

 耳元で突然囁かれて、肩がびくりと跳ねた。いつの間にか、沙優の顔が俺の顔の真横にあった。沙優はじりりと俺の顔に自分の顔を寄せた。

「私が慰めてあげよっか」

 吐息交じりで囁かれたその言葉。全身に鳥肌が立つのを感じた。

「だから、そういうのやめろって言ってんだろ」

 ぐいと沙優の身体を押しのけると、沙優は唇をとがらせた。

「えー、素直じゃないなぁ」

「馬鹿、俺はお前みたいなちゃちい身体のJKに慰めてもらうほど惨めな男じゃねえ」

 俺が言うと、沙優は「えー」と首を傾げて、おもむろにブレザーのボタンをぷちぷちとはずし、それを脱ぎ捨てた。

「私、結構おっぱい大きいと思うんだけど」

 そう言って、ぐいと胸を張った。シャツごしに、沙優の胸が俺に思い切り主張される。さすがにそういう見せ方をされると、まじまじと見てしまう。男だから。

「ま、まあ女子高生にしてはでかいかもしれないけどな……後藤さんはもっとすごい」

「はは、もっとすごいんだ」

 沙優はくすくすと笑って、胸を張る姿勢をやめて、先ほどまでの猫背気味の姿勢に戻る。

「何カップくらいなの」

 なんでもない顔で、彼女はそんなことを訊いてくる。

 な、何カップ……あれは、どれくらいだろう。

「わ、わかんねぇけど多分Fくらいはある」

「Fだったら私と同じだよ」

「は!? お前それFもあんのか!」

「うん。これより大きく見えるならGとかHとかあるんじゃない?」

 Hカップ……Hカップって何カップだ?

 グラビアアイドルのようなカップ数に俺の頭は混乱する。一度でいいからそのHカップに挟んでほしかった。何をとは言わない。

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