宿代②

「でもさー」

 沙優が口を開く。

「触れないHカップより、触れるFカップの方が良くない?」

 そう言って、再び胸をぐいと張って、首を傾げる沙優。

 自然と、ため息が漏れた。

「お前さ、そんなに俺を誘惑してどうしたいんだよ。本当に襲ったらどうするつもりだ」

「え、普通にヤるけど。吉田さんそこそこイケメンだし、嫌じゃないよ」

「……俺とヤりたいのか?」

 訊くと、沙優はまばたきを数回して。

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「なんなんだよお前は!!」

 思わず立ち上がってしまう。さっきから言動がちぐはぐすぎて理解ができない。

「ヤりたいわけじゃないなら迫るなよ! 平気で襲う男だっているんだぞ」

 俺のその言葉に、沙優は眉を寄せて、首を傾げた。

「逆に訊くけどさ」

「なんだよ」


「目の前にヤッてもいいって言ってる女子がいるのに、なんで襲わないわけ?」

「はぁ……?」

 溜め息とも疑問符とも言えない息が喉から漏れる。年齢が離れている、というだけでは説明のつかない考え方のズレを感じる。

 異物を見るような目で沙優を見ていると、彼女は苦笑を浮かべた。

「なんでそんな顔するの。普通じゃないのは吉田さんの方だって。今までなんにも要求しないで親切に泊めてくれる人なんていなかったよ」

「……」

 沙優の発言を聞いて、二の句がつげなくなった。彼女の今の境遇については、高校生特有の小規模な家出か何かだと思っていたが、この口ぶりからすると数か月は自分の家に帰っていないのではないか?

 しかも、その間どうやって宿を得ていたのか、なんとなく嫌な想像がつく。

「……馬鹿かよ、お前」

 俺は、呟いて、沙優の目の前にしゃがみ込んだ。

「お前、どっから来たんだ? 学生証見せろ」

 言うと、一瞬沙優の表情が曇った。

 が、それもつかの間。沙優はにこりと笑って、スカートのポケットから小さな折り畳み財布を取り出して、中から学生証を取り出した。受け取ってそれを見る。

「あ、旭川……」

 俺は口をぽかんと開けてしまう。

『旭川第六高等学校二年生』と書いてあった。

「お前、北海道から来たのか? 一人で?」

「うん」

「いつ頃北海道を出たんだよ」

「半年前くらいかな」

 半年間も家に帰っていない?

 ここは東京のど真ん中だ。高校生が一人で北海道からやってくるには遠すぎる。

「親にはちゃんと言ってきたのか」

「言ってない」

「馬鹿、それなら早く帰って……」

 そこまで言って、言葉が途切れた。

 さきほどまでへらへらとしていた沙優の表情が露骨に曇ったからだ。

 どこか遠くを見るような目で、沙優は言った。

「多分いなくなってせいせいしてるから、大丈夫」

「そんなのはお前には分からないだろ」

「分かるよ」

 そう答える沙優の目には、寂しさと諦観をごちゃまぜにしたような色が浮かんでいた。

 俺は、少し胸が痛むのを感じた。

「もう私お金ないからさ。上手いことやって、誰かの家に住むしかないんだよ。だから」

「上手いことやるって、どういうふうにだよ」

「……」

 沙優は口ごもる。

 俺は、誰に、ということでもなく、腹が立ってきた。

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