化粧品⑥

「重いいぃぃ……」

「ほら、もう着くから」

 汗だくになりながら玄関のカギを開けて、両手にビニール袋を持った沙優を先に部屋に入れる。

「はぁぁぁ、重かった……し、死ぬかと思った」

「そんなんで死なないでくれ……というか早く部屋の中入れよ、俺だって重いんだよ」

「自業自得じゃんそれはさ……よいしょっと」

 文句を垂れながらも、自分の持っていたビニール袋をもう一度持ち上げて居室の方へと入っていく沙優に続いて、俺も靴を脱いで部屋に入る。

 肩には、デパートで大量に買った漫画本やら文庫本やらの入った紙袋が引っかかっている。紙袋の持ち手は妙に面積が狭いので、肩に食い込んでものすごく痛い。

 本屋で紙袋をもらうほど買い込んだのは生まれて初めてだと思う。

「そんなに買ってさ、読む時間あるの? 平日はご飯とお風呂したらすぐ寝ちゃうのに」

「休日にでもゆっくり読むさ」

 少しお高いオムライス屋で飯を食べた後、デパートの中をぶらついていると本屋が目に留まったので二人で入ったのが、この爆買いのきっかけだ。

 一時期、通勤時間に漫画でも読もうと、週刊少年誌を買って通勤していた時期があった。しかし、混む電車の中で漫画雑誌を読むのはなかなか難しいことにすぐに気が付き、1か月ほどは粘ってみたもののすぐにやめてしまったのだ。その時になかなか面白いと思いながら読んでいた漫画がどうやらまだ続いていたようで、せっかく来たのだからとすべて買い物かごに入れた。

 と、いうのは、表向きの理由だ。もちろん、自分で読みたいというのもあるが、沙優が家で暇になったときに、なんとなく手に取れるものがあった方が良いのではないかと思ったのだ。そういったわけで、漫画の他にも「若者の間で人気沸騰!」などとポップのついていた文庫本や、少しわざとらしいかと思ったが『私が家出をした理由』というタイトルの、学生時代に長期間家出をした女性のエッセイを買ってみたりもした。

 沙優に「買ってやる」と言っても遠慮するだろうし、自分が欲しいという名目で買ってしまって、家に置いておいた方がいいだろう。そう思って買ってきたが、本というものは重なるとかなりの重量になるらしい。思った以上の重さに、汗だくになってしまった。

「これさ……今思ったんだけど」

 そして、沙優が持っていたビニール袋には、大量の食料品が入っていた。

『家でもちょっと贅沢なもの食えた方が良くないか?』

 という俺の軽はずみな提案が発端だったが、沙優に食いたいものを聞いてもやはり適当に濁すので、逆に俺が食べたいものを羅列していったのだ。

 それを作るために必要な食材を片っ端から買って行ったら、この量だ。

「あのサイズの冷蔵庫に全部入るかな……」

「……あ」

 そこまでは考えていなかった。

 自炊をする気のない一人暮らしの男の家にある冷蔵庫など、サイズは知れている。そもそも家の間取り自体がそこまでゆったりとしたものではないので、自炊をするしないに拘わらず、必然的に家電のサイズは小さい物になる。

 慌てて冷蔵庫を開けてみる。そして沙優の横に置かれているビニール袋と見比べる。

「……まあ、押し込めば、いけるな」

「あはは、じゃあ押し込もっか」

 沙優はけらけらと笑って、ビニール袋を冷蔵庫の隣まで持ってきた。

「で、作り置きできるものは今日作っちゃおうかな。ほら、ゴーヤーチャンプルーとかさ。そしたらタッパにまとめられてスペース空くし」

 沙優は言いながら、てきぱきと袋の中身を冷蔵庫に入れていく。彼女の手際を見ていると、俺が中途半端に手を出す方がむしろ邪魔になりそうだったので、俺はさっさと居室の方へ引っ込むことにした。

 居室に置いた紙袋から漫画本やら文庫本やらを取り出して、ベッドの横に平積みにした。普段から本を読むわけではないので、この家には本棚がない。

「漫画とか本とか」

 ちょっと大きめの声で言うと、沙優が冷蔵庫の扉を一旦閉めて、こちらを見た。

「ん?」

「昼に暇になったら、勝手に読んでいいからな」

 そう言うと、沙優の瞳が揺れたのが、遠目にも見えた。沙優は少しだけ視線を落としてから、思い出したように、笑みを浮かべた。

「うん、暇になったら、読ませてもらうね」

「おう。あ、でも俺が読んでないところのネタバレはやめてくれよ」

「しないって」

 沙優はくすくすと笑ってから、ビニール袋に再び手を入れた。そのまま冷蔵庫にしまっていく作業を再開するのかと思ったが、ビニール袋に手を入れたまま動かなくなった。

「ん、どうした?」

 完全に停止した沙優に声をかける。ビニール袋は廊下側に置かれていたので、そちらを向いている沙優の表情は見えない。

「吉田さんってさ……なんでそんなに」

 そこまで言って、沙優は言葉を止めた。

「そんなに?」

 続きが気になって訊ねると、沙優は顔をこちらに向けて、にへらと笑った。

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