化粧品①

 休日。

 ぼさぼさと暴れる寝ぐせを放置したまま、ノートPCを開きメールチェックをしていると、ふとネットページの広告に目が留まった。

『メイクにこだわるJKに朗報! 化粧品最大70%オフ!』

 随分ざっくりとした広告だと思ったが、同時に、ふと疑問が浮かぶ。

「え、女子高生って化粧すんのか……?」

「え?」

 テーブルを拭いていた沙優が、俺の方を向く。どうやら口に出てしまっていたらしい。

「あ、いや、すまん。広告でな、『メイクにこだわるJK』とか書いてあったもんだから」

「ああ……うーん、女子高生でもメイクする子は多いと思う」

「まじか……そうなのか……」

 思い返せば、俺の通っていた高校は化粧が禁止されていた。それでもいわゆる『ギャル系』のファッションを強行していた生徒はたびたび化粧をしてきては生徒指導の教師に注意されていたのを思い出す。しかし、化粧をしてくるのはそのあたりの少人数だけだったので、女子高生がメイクをするのが「当たり前」という感覚はあまりなかった。時代が変わったのか、単純に俺の高校が厳しかったのか、これに関してはなんとも言えないところだが、どのみち、俺にはなんとも違和感を覚える記事だった。

「お前は?」

「へ?」

「お前は化粧とかしてたのか? 俺の家来てからはしてるの見たことねえけど」

 訊くと、沙優はううん、と唸ってから、困ったように首を傾げた。

「してなかったわけでもないけど、気分だったかなぁ」

「してたのか」

「うすーくね」

 まあ、そうだろうなと思う。厚化粧が似合うような顔ではない……と、いうより、元がかなり整っているので、少し化粧をするだけで十分なように見えた。むしろ男の俺から見れば「そのままでいいんじゃない?」と思うくらいだ。

「……そういうのは全部置いて来たのか?」

 ふと訊ねると、沙優はまたもや首を傾げる。

「そういうのって?」

「化粧用品だよ。こっちじゃしてないだろ」

「ああ……そういうのは置いて来ちゃったかな」

「不便してないか?」

「不便って……基本的に家にいるだけなのに化粧なんて必要ないじゃん」

「まあ、そうかもしれねぇけど……」

 もともとそれなりに習慣的にしていたことをしなくなるというのは、ストレスだったりするのではないかと思った。

 広告のページに飛んで、適当に内容を眺めていると、ある一部に目が留まった。

「化粧水……」

「なに?」

「化粧水とかは、使ってなかったのか?」

 ページに大きく書かれた『お肌のケアはメイク以前の問題!』という文字。正直、この手のジャンルにはまったく疎いのだが、化粧水というと、橋本も「乾燥しやすい肌だから、毎晩塗ってから寝てるよ」と言っていたのを思い出す。男ですら気にする人は気にするわけで、そう考えると華の女子高生ともなればそのあたりは重要視していてもおかしくはないのではないか。

 予想は的中したようで、沙優は露骨に視線を泳がせた。

「どうなんだ?」

「ま、まあ……使ってたけど」

「頻繁に?」

「……寝る前にはね」

「そうか」

 俺は頭をぼりぼりと搔いてから、広告ページを閉じて、そのままノートPCも閉じる。

「じゃあ、出かけるか」

「え、どこに?」

 ぽかんとする沙優を横目に俺は寝ぐせを手で触りながら洗面所へ向かった。

 鏡の前に立って、ひどい寝ぐせに櫛を通していきながら、投げるように言う。

「買いに行くんだよ、化粧水」

「へ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る