化粧品②

 駅前デパートの1階にある化粧品売り場を背筋を丸めて歩く。おそらくだが、化粧品売り場に入ったのは生まれて初めてだ。

「いつもは『援交みたいで嫌だ』とか言うくせに」

 沙優は未だに無理やり連れ出されたことが納得いかないようで唇を尖らせている。

「ほら、化粧水、あの辺だってよ」

 天井から吊り下がる案内看板を指さすと、沙優は何か言いたげな視線をこちらに寄越したが、すぐに小さく息を吐いて化粧水売り場へと向かった。

 その少し後ろをゆっくりと歩きながら、売り場内に視線を彷徨わせる。

 いろいろな形、そしてサイズの煌びやかな瓶。壁には有名女優の写った広告ポスター。目に映るほとんどのものが俺にとっては縁遠いもので、まさか自分がこの売り場にやってくる日が来ようとはゆめにも思わなかった。

「吉田さん」

 沙優が小さく手招きをするので、追いついて沙優の横に並ぶと、沙優がこちらにちらちらと視線を送ってくる。

「なんだよ」

「いや……この辺が化粧水なんだけど……」

「知ってるよ。好きなの選べよ」

「別にいいよ化粧水なんてさぁ……使わなきゃ死ぬわけでもないし」

「ここまで来て何言ってんだよ。これ買うために来たんだぞ」

「だって有無を言わさずに連れていく、って感じだったじゃん……」

 確かに、今日は半ば強引に連れ出してしまったのは否めない。

「まあまあ、好きなの選べよ。買ってやるって言ってるんだから甘えとけって」

 沙優の抗議の視線を適当にかわしながらそう言うと、むくれた様子で沙優は商品棚に視線を移した。

 その横顔を見ながら、ぼんやりと考える。

 別に沙優は俺の子供でも、親戚でもない。面倒を見なければいけない義務もないはずなのだ。だから、こんなことを考えるのはお門違いで、おこがましいことなのかもしれない。それでもどうしても気になってしまうのだ。

 おそらくだが、今の沙優には余暇の時間はあっても、その時間にすることが一切ない状態になっているのではないかと思う。日中、家で家事をしていると言っても、それだけで夜まで時間を潰せるわけではない。

 家にテレビでもあれば良かったが、小さいころからあまりテレビを見る習慣がなかったので一人暮らしを始めてもテレビは購入しなかったのだ。

 化粧用品については、たまたまネット広告を見たのがきっかけだが、とにかく、以前していたことは不自由なくできるくらいの環境は用意してやりたいと思ったのだ。

 それに、布団と部屋着を買い与えた時から思っていたことだが、こいつは俺に何かを買わせることにものすごく抵抗があるようだ。俺が良いと言っているのだから素直に甘えておけばいいものを、なかなかそうしない。

 金だけ渡して「買って来い」と言っても、「いいのがなかった」だのなんだのと理由をつけて何も買ってこなかったり、安い物を選んだりするのが目に見えていたので、今日は俺も身を削って一緒に家を出てきたのだ。

「吉田さんはさ……」

 ぽつりと、沙優が、商品棚に目線を落としたまま呟いた。髪の毛で目元が隠れていて、こちらからはあまり表情が見えない。

「なんだよ」

 声をかけた割には、不自然なほど次の言葉がないので訊き返すと、沙優はぴくりと肩を跳ねさせて視線を上げた。

「いや……」

 小さく呟いてから、沙優はパッとこちらに顔を向けて、にこりと笑った。

「吉田さんはどういう匂いが好き?」

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