第48話 狂乱
【ノエル 現在】
僕は異界を発つ時には、持って行った小さな鞄はパンパンになって2倍近くまで膨張していた。
その中身は全部紙だ。魔術式などがぎっしりと書いてある相当数の紙は、僕の肩に物凄く重くのしかかってくる。
内容的にも、昔からの魔術の歴史を脈々と受け継いでいる大変重いものであるのも、僕の気持ちをさらに重くしているのかもしれない。
異界の扉の負荷を受けながら、僕は自分の世界に戻ってきた。やはりこれにそう簡単に慣れることはなさそうだと感じる。
目の前に広がる世界には熱気で圧倒されることもない。眩しい日差しに今までの暗所との変化に思わず目を細める。
「ふぅ……」
拠点の前に出た僕は、振り返って魔術式を一度閉じた。
しかし、移動してみると魔術を通じて魔王城の前と繋がっているのだから驚きだ。身体の負荷は勿論あるが、ものの数分もかからず魔王城に移動できる。
セージの作り出した空間移動の魔術は画期的だ。
「ただいまー」
僕が家の扉を開けると、一階の食事を囲む為の場所にすぐさま視線を奪われる。
そこには知らない人物が座っていた。
短めのボサボサの茶色い髪をそのままにして、小柄な身体は最低限の服しか着ていない。脚を組んで退屈そうにどこかを見ていた。
扉の空いた気配でその人物はこちらを向く。
僕は唖然としてしまったが、ガーネットはすぐさま臨戦態勢に入る。
「あら、やっと帰ってきたの」
やけに親し気に話しかけてくるその魔女は、見た目こそは違えどもその話し方と右手に持っている棒付き飴で誰なのか理解した。
「アナベル?」
「そうそう。良く解ったわね」
「クロエに殺されたんじゃ……?」
表皮が完全に炭化するほど黒焦げになっていた。とても生きているとは考えられなかったが、思っていたよりもずっと彼女はめちゃくちゃな存在らしい。
「あたしは核を砕かれない限り死なないのよ。外側は全部替えなきゃいけなくなっちゃったけどね。にしても危なかったわ。外側は外見が解らなくなるくらい真っ黒になっちゃったから。動くと砕けちゃうし、一回は魔女以外の身体に移ったのよね。まぁ、ネズミの身体もそう悪くはなかったけどね」
「それで……その身体は?」
「適当な町の魔女の墓場から、死んで間もない身体を調達してきたのよ。死んでる身体なら問題ないでしょ?」
僕とガーネットは不快感をあらわにした。やはりアナベルは手ごわい。何度アナベルは死んだだろうと思わされただろうか。
ずっと地下に引きこもっていたと言っていたが、確かにその判断は正しかった。腐りかけの死体が白昼堂々と動き回っているなんて不気味な話をされたら、恐怖で顔が引きつる者が何人いるだろうか。
しかし、その不気味さは置いておいて、なかなか死なない様子はゲルダと重なるものがある。
「もしかしてゲルダもアナベルと同じ魔術を?」
「んー、近いのかもね。あれは魔術っていうよりは、本能みたいなものかしら。無意識に翼を核にしてるのかも。いや、逆かもね。翼がゲルダ様を核にしてるのかもしれない」
「……それはゾッとする話だな」
「ところで、あの世界を作る魔術式の解読ができたって聞いたけど?」
アナベルは興味津々に僕の鞄に視線を送った。
「あぁ……できた。生きていたならちょうどいい。もうほとんど準備ができた」
話している最中にシャーロットやアビゲイル、キャンゼルが降りてきて再会を果たした。丁度クロエ以外の全員が集まったところで僕が解読した紙を広げて見せる。
見せながら、僕は丁寧にひとつひとつ説明していった。
「帰ってきて早々、熱心ね」
「当然だ。早くもう一つ世界を作って、ゲルダを倒して、全てを終わりにしたいんだ」
「終わりね……クロエの報告を聞いたけど、本当に魔女は終わるかもしれないわよ?」
「……どういうこと?」
アナベルが飴を舌で
「ノエル……言いづらいのですが……」
「なに?」
「実は……各地の魔女は制御不能になったゲルダを打倒するべく、最高位魔女会(サバト)の生き残りのエマが指揮をとって動いているらしいのです」
「エマ? ……って、誰だっけ」
名前を言われてもさっぱり僕は思い出せなかった。
「あのゲルダのいる街で私と再会したときに対峙していた、花飾りを頭につけている魔女です」
「あー……植物を操るあの地味な魔女?」
「あははっ、地味な魔女ね? そうよ。エマは全然冴えない見た目の魔女。あんたの想像通り」
――地味なくせにやたらハキハキ話すあの魔女か……
にしても、生き残っていたのかと僕は口元に手を当てる。僕が部屋で仕留めた魔女の中にはいなかったらしい。
「それで? 動いているっていうのは……具体的にどうするっていうこと?」
「各地に散らばっていた魔女を一か所に集めています。その魔女たちでゲルダを総攻撃で倒すらしいです。まだ魔女が集まり切っていないらしく、攻撃は開始されていませんが……間近におこることだと思います」
「それはマズイな……なんとか止めないと」
「止めなくても大丈夫よ。勝てやしないわ。あ、それから、ゲルダ様の近況報告もあるわよ」
アナベルだけが
その映像には崩壊している城の中で、崩れかけている奥へと続く廊下の様子が映し出されていた。暗くて奥はよく見えない。良く見えないが、何人もの死体が重なっていることだけは解る。あまりに凄惨な映像だ。
「映像自体は横になってるけど、ここは城の結構内部ね」
「なに……? これ……どうなってるの?」
「この視点は死体の視点よ。死体の眼球から入る光を――――」
アナベルが意気揚々と説明している最中、暗い奥で何かが
「今、何か映ったけど……見えた?」
「いえ……何か映りましたか?」
「………………」
僕は注意深く映像を見ていたら、ついにその
あまりの姿に、シャーロットはアビゲイルの目を塞いだ。シャーロット自身も見ていられないのか目を背けた。
「ここまでとは……想像してなかった……」
ゲルダらしいものが映っていることは理解しているが、元々の姿から想像できる容姿ではなかった。
腕の数がおかしい。何本も身体から生えている。
身体の大きさがおかしい。明らかに膨張してしまっている。
身体の形がおかしい。人間の胴体とはかけ離れて、蝶の幼虫のようになってしまっている。
色がおかしい。肌色が見えない。全身血まみれなのか、真っ赤になってしまっている。
手に持っているものがおかしい。魔女の死体をいくつもいくつも持っている。
皮膚の様子がおかしい。内臓がそのまま外側に出てしまっている。
背中の付け根がおかしい。三枚の翼から背中や身体にかけて、まるで大樹の根が地上に出ているかのようにボコボコとした皮膚がむき出しになっている。
――アナベルに実験にされていたアビゲイルの姿にも似ているけど……
何よりもおかしいのは、長い髪を振り乱しながら一心不乱にその死体を食べていることだ。
「…………」
そんな見た目の状態に反して、僕の翼は綺麗な状態が保たれていた。返り血で白い羽が赤く染まり、酸化し、茶色になっている部分も多くあるが比較的白い部分が保たれている。
よく見ると、そこかしこに赤黒い羽が落ちていることに気が付いた。
「翼が生え変わってる……?」
「そうみたいね」
パッと映像を切った後、そこにいたアナベルが言葉を発せられない程に愕然としていた。
「死体を食べ続けてエネルギーを補給してるから、まだかろうじて保てているものの、食べるものがなくなったら今度は城から出て人間や、動物、他の全てを喰らいつくす勢いだわ」
なにがかろうじて保てているのだろうか。
何一つ保たれているものなんてない。本当にもう取り返しのつかない化け物になってしまっていた。
「エネルギーが補給できなくなったらどうなるの……?」
「さぁ……? でも、このままだとこの世の全てを喰らいつくすことになりそう」
「……逆に考えれば、エネルギーを枯渇させるっていう倒し方もありなのかな」
「それは無理だと思うわ。そもそも動きを止められないもの。肉が裂けようと杭を逃れ、表面が焦げようと内側から新しい肉が再生し、凍らせようとも凍らせるよりも物凄い熱量ですぐに溶けてしまう。一体どうしたら動きを封じられるのか解らないわ」
どうやらアナベルはずっとゲルダの様子を観察していたらしい。
どう対策をとったらいいか思考を巡らせるが、なにせ規格外の存在にどう戦略を練ったらいいか解らない。
「麻痺させるのはどうかな? 筋肉というか……部位を動かすために送っている電気信号が途切れたら動けなくなるのでは?」
「どうかしら? 急速に崩壊と再生を繰り返しているし、一部を麻痺させたとしてもすぐに崩壊して再生したら意味がないんじゃない?」
力は互角と考えていたが、そういった次元ではないようだ。
「あたしの仮説では、やっぱり翼ね。以前よりも圧倒的に翼が大きくなってる。翼に膨大なエネルギーを溜めてるのよ。あんたの翼を移植した後からずっとずっとエネルギーを溜めているとしたら、それを切れるのを待つなんて無謀よ」
先ほどの映像が脳裏に焼き付いて離れない。
――本当に僕はあれに勝てるのか?
「クロエは?」
「偵察に行ってるわ。エマを説得しようとしてるみたいね」
「そう……」
僕は深刻に息を吐き出した。
◆◆◆
もう日は落ちて暗くなり始めていた。
僕は食事がろくに喉を通らず、いつまでも取ってきた鹿の肉や果実をゆっくり食べていた。味が良く解らなくなるほど噛み、ゆっくりと飲み込む。
ガーネットが心配そうにずっと僕の側にいてくれた。
本当に辛かったのは、僕の半翼のせいであぁなってしまったことだ。いくら憎い両親やセージの仇とはいえ、あんなに筆舌に尽くしがたい凄惨な姿になってしまったゲルダに同情しないわけでもない。
「僕のせいなのかな……」
ぽつりと僕がつぶやくと、ガーネットは不安そうな表情で返事を返してくる。
「なにがだ?」
「僕の翼のせいで……何人も死んでると思うと、やっぱり……生まれてきたこと自体が間違いだったんじゃないかって思って……」
「馬鹿を言うな。お前が悪いのではなく、悪用したあの魔女が悪いんだ」
「…………でも……」
「いいか。よく聞け」
ガーネットは改めて僕に向き直り、顔を見て話しだす。
「お前は……確かに魔女や魔族、人間にとっての転機になっただろう。しかし、それは悪い意味ばかりではない。今までの血塗られた闘いの歴史に終止符を打てる」
「でも、沢山犠牲者を出しちゃった……特に魔女は殺しすぎたと思う……」
「致し方ない理由があった。お前は一度だって先に相手を殺そうとすることはなかっただろう?」
何度も何度も魔術を使って、魔女を殺してきた。
人数も、顔も、名前も解らない魔女たちだ。その魔女たちにも家族や大切な人がいたと考えると、やはり他の道はなかったのだろうかと考えてしまう。
「お前は……両翼が揃っていたら世界を滅ぼせるほどの力があるはずだったと言った。しかし、お前は世界を滅ぼすのではなく、世界を創造する方に力を使おうとしている。そうだろう?」
「……よく、そんな話覚えているね」
「当然だ。その後の話も憶えている。私はこう言った。『お前は力の正しい使い方を知っているのに、なぜそうしようとしない?』と。お前は自分の正しい力の使い道を選んだ。今は生きる目的もはっきりある。出逢った頃の迷っているお前より、ずっと成長した。それはお前だけではない。私もだ」
思えば、出会った頃の僕らはお互いに欠陥だらけで、契約をしていなかったらただ殺し合うだけの間柄だった。
それが今ではガーネットは“好き”という感情を解ってくれて、その感情を僕に向けてくれている。
僕もご主人様のことばかりに目が行っていたけれど、徐々に他に目を向ける機会を与えてくれた。
「……世界にお前が受け入れられなくても、お前が受け入れてほしい者に受け入れられるのでは駄目なのか?」
受け容れられることに慣れていない僕は、ガーネットのその言葉で目頭が熱くなってきた。
誰からも受け入れられていなかった僕に対して、今では何人もの魔女や魔族、そしてご主人様も魔女と魔族の混血の僕を受け入れてくれた。
ずっと慌ただしくしていた僕は今の暖かい状況を再確認すると、僕はずっと求めていた“居場所”ができていたと感じた。
「僕は……幸せ者だね。こんなにも沢山……僕のこと“好き”になってくれて……うれしいよ……」
「他の死んだ魔女ではなく、お前が生きていることに意味があるのだ。もし、他の魔女と契約していても、私はこうならなかっただろう。他の誰でもない、お前だからだ」
「ガーネット……僕を泣かせたいの……?」
ボロボロと僕は泣き始める。僕が泣き始めると、ガーネットはぐしゃぐしゃと相変わらず下手な撫で方で僕の頭を撫でる。
「お前は泣いてばかりだな」
彼の手はやはり少し冷たい。鋭い爪に僕の赤い髪が絡み、僕の髪が乱れる。
ひとしきり泣いた後、下からクロエの声が聞こえた僕は目から涙を拭い、ガーネットと共にクロエの元へと向かった。
「ノエル!」
僕を見ると、いつも歓喜の声をあげるクロエが何やら物凄い剣幕で慌てるように僕の名前を呼んだ。
クロエは身体に怪我をしているようだった。
すぐさま嫌な予感がした。
ただでさえクロエが息を切らして、血相を変えて戻ってくるなんて良い話であるわけがない。
「エマが……今夜ゲルダを襲撃するって……はぁ……はぁ……止めようとしたが、止められなかった」
「……止めないと…………いずれにしても大変なことになる」
世界を作って隔離するまでもなく、魔女が全滅してしまう。あるいは、世界を作るために使うゲルダの心臓が使えなくなってしまう。
どちらにせよ、最悪の展開だ。
「止めるって、どうするつもり? あんたと他の魔女が出くわしたら問答無用で戦いになるわよ。ましてエマの親友のロゼッタをあんたが殺したんでしょ? 間違いなく殺し合いになるわ」
アナベルが冷静に僕に意見を述べる。
確かにエマと出くわせば殺し合いになることは回避できないだろう。
「それでも数で押し切るような戦法でゲルダを倒せるわけがない」
「エマはそこまで馬鹿じゃないと思うけど……まぁ、勝てないと思うっていうのは同感ね」
どうしたらいいか懸命に考えた。
確かにエマたちと僕が対峙して争いになるのもまずい。時間が無いのも相まって僕はかなり焦った。僕はできるだけ冷静に辺りを見渡して考えた。この面々の顔を見ていて僕は一つ策を思いつく。
「そうだ、アナベル。アナベルがエマたちを止めて」
「はぁ? あたしに止められるわけないでしょ」
「いや、止められる。キャンゼルとアナベルが協力して死体の群れを作ってエマの率いる魔女たちを退けるんだ」
キャンゼルは「え、あたし!?」と驚いている。
アナベルも具体性のない計画にため息をつきながら首を横に振る。
「殺せって言うなら簡単だけど……退けるって、どうすればいいのよ」
「エマとそのほかの魔女は、僕らと同じ烏合の衆。統率がとれているとは考えにくい。本当は行きたくないと思っている魔女も多いだろう」
というよりは、ほとんどの魔女が行きたくないと思っているはずだ。
「でもこれは魔女の今後を左右する戦いだ。エマは拒否することを許していないはず。それなら恐怖心を煽ればエマの支配が及ばなくなるんじゃないかと思う。向かってくるのが普通の魔女ですら怖いはずなのに、それが殺された魔女の、あまつさえゲルダに食い殺された魔女の死体なら、自分がこうなるって思えば絶対に恐怖心が勝つ。だからキャンゼルが大量の死体を再現し、その死体をアナベルが操る」
僕の説明をキャンゼルとアナベルは神妙な表情で聞いていた。
「あぁ、ガキも年寄りも戦える魔女は全員エマが動員してたぜ……身体障害・精神障害で本当に戦えない魔女しか町に残されなかったようだ」
エマは何か勝算があるのだろうか。
余程の勝算がなければそうしないと思いたいが、あるいは勝算はないが放っておけないという焦りからそうさせているのだろうか。
「エマに聞いたが、もう罪名持ちに並ぶような精鋭は全滅したって言ってたぜ」
アナベルが昼間映像で見せてくれた死体の視点は、その精鋭の魔女のものだったのかもしれない。
「それなら尚更ゲルダに勝てる見込みはないでしょうね。エマがどうやって戦おうとしてるのか知らないけど、さしずめゲルダの気を引いている間に何かしようって算段でしょ?」
「それでも絶滅するよりはマシって考えか……打算的だね」
「現実的なんでしょ。エマは真面目な性格だったし」
大義の為なら犠牲をいとわないという考え方だ。
それが真面目というのはなんて皮肉なんだろうか。
「魔女たちを追い返すことが成功せずにキャンゼルとアナベルが帰ってこなかったら、世界を作る魔術は成功しない……」
僕は青ざめているキャンゼルと、黙って聞いているアナベルに向かってできるだけ冷静に話す。内心、焦燥感でいっぱいだったが僕がここで焦ってまくし立てるわけにはいかない。
「魔力を制御する魔女の人員は、僕らそれぞれの力量と魔術系統で一番力を発揮できるよう配分してある。いいね? 2人とも」
僕が圧をかけるとアナベルは「はいはい」と軽く返事をしたが、キャンゼルは更に真っ青な顔をして俯いていた。
そんなキャンゼルに僕は出来るだけ優しく声をかける。
「キャンゼル、やるしかないんだ。キャンゼルならできるよ」
「あたしなんかに……できないわ……あたしはノーラたちと違って大した魔術も使えない貧困層の魔女なのよ……? ここにいるのもとんでもなく場違いなのに……」
「キャンゼル……」
明らかに自信がないようで、彼女は震えていた。
確かに僕らの中にいると、キャンゼルは役に立っているとは言い難い。戦闘向きではないし、かといって頭が切れるわけでもない。
その事実を思い起こすとなんと励ましたらいいか解らなくなってしまった。
「僕がアビゲイルを助けにいったとき、僕の代わりになってくれたでしょう? ものすごい勇気が必要だったはずだよ」
「あのときは……他に選択肢がなかったの……ノーラが他の魔女を殺した後だったのよ? ノーラに従うしかない状況だったの……」
「確かに僕は……無理を強いたかもしれないけど、僕はキャンゼルをエマのように捨て駒にしようとはしなかったでしょう?」
そう言うと、うつむいていた顔をあげて僕の顔を見た。目には涙が溜まっている。
「ガーネットは見捨てろって言ったけど、でも僕は助けに行った。命というものはそう簡単に見捨てられるものじゃないって思ってるからだよ」
「ノーラ……」
「キャンゼルが頼みなんだ。アナベルだけじゃ無理に戦わされている魔女たちを救えない」
「でも……あたし、エマに殺されたくないわ」
「大丈夫。エマが攻撃してきたら僕が対処する」
僕がついていると言うと、キャンゼルの震えが収まった。
少し息を整え、その瞳は覚悟を纏う。
「わかった……やるわ」
「ありがとう、キャンゼル」
早速僕とキャンゼル、アナベル、ガーネットは現地に向かう為に準備を始めた。場所はゲルダのいる街から北東の場所。
恐らく馬で移動した際に普通の速度で20分くらいだろう。ゲルダの街からは2時間程度の場所だ。アナベルの魔女感知の魔術で正確な位置は特定可能。
現在はゆっくりと進行しており、今から向かえばゲルダのいる街に到達する前に追い返すことができるだろう。
「シャーロットとクロエはここで待機していて」
「解りました」
「ノエル、大丈夫か? 治療が済んだら俺も行く」
クロエは傷を押さえながら、苦しそうにそう僕に訴える。相当に苦しそうだ。
ただの傷ではないだろう。毒を持つ植物で攻撃された可能性が高い。
「移動手段がないし、シャーロットとアビゲイルを置いて行くからには守らないといけない。クロエならシャーロットを守れるでしょ?」
「あぁ……今までそんな脅威はなかったがな……」
「今度はしっかりシャーロットたちについててね?」
「解った」
ガーネットに抱えてもらって走るには長い距離だ。かといって馬に4人で乗るのは無理がある。
僕が翼で異界で飛んだようにガーネットと共に飛ぶのが効率的だろう。
「キャンゼルとアナベルは馬で、僕とガーネットは自分の翼で魔術と併用して飛んでいく」
「あら、あたしは自分の馬があるわ。翼とか魔術で飛んでいったら目立つわよ?」
アナベルが外に出て魔術を発動させると、色々な動物のつぎはぎの腐っている馬のようなものが動き出した。
生き物の腐った嫌な匂いがする。
頭や顔などは馬ではなかったが、身体は馬の構造のように見えた。本当にこれが走ることができるのだろうか。走っている間にバラバラになってしまいそうだ。
「これ……バラバラにならない?」
「はぁ? あんた、あたしがどれだけ地下室で死体の相手してたと思ってるの? ならないわよ」
「あぁ……そう。ならいいけど」
キャンゼルは明らかにアナベルと一緒にその腐った馬に乗りたくなさそうな顔をしていたが、どう考えてもガーネットが僕以外の魔女と身体を密着させて馬に乗るのは無理だ。
結果としてやはりキャンゼルがその腐った馬のようなものに乗ることになった。
「きゃぁああっ! なんかネバネバしてるんですけど!?」
「うるさいわねぇ……静かにしてなさい」
「それにあんたもなんか……おえっ……」
「ちょっと、吐かないでよ? 汚いわね」
どの口が“汚い”などと言っているのか。
僕はキナの手綱をしっかりつかみ、ガーネットを後ろに乗せた。ガーネットもしっかりと僕が掴んでいる手綱を握っている。
「いくよ、2人とも」
「はいはい」
アナベルがは腐った馬のようなものにつけている手綱を持っていたが、自分で操っている以上は手綱は必要ないのではないかと考えた。
そうして僕らはエマの率いる魔女の軍にゲルダ襲撃を阻止させるべく走り出した。
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