海底に月を撈う

遊座

海底撈月(ハイテイラオユエ)

※本作は麻雀を覚えたての中学生男子を対象にしております。




海底撈月ハイテイラオユエ


 夜、俺は酔い覚ましに砂浜を歩く。


 夏休みにテーブルゲームサークルの合宿で訪れた海岸近くのホテルでは、ついさっきまで卓を囲んで麻雀に勤しんでいた。


 最近はマンガやスマホのゲームアプリの影響で実際に麻雀を打ってみたいというメンバーも多かったので、今回の合宿の夜は麻雀三昧となったのだ。


「それにしてもさっきは気持ちよかったな……。最後の最後で海底撈月ハイテイラオユエ和了あがれて、しかも逆転勝ちするなんてな……」


 海底撈月とはわかりやすく言うと最後に残った一枚の牌を引き、それで和了あがりになった場合に付く役のことだ。


 俺は悔しそうな織田の顔を思い出して、ほくそ笑む。


「今日は満月か……」


 海面に映る大きな月。


 そう言えば海底撈月には「海面に映った月を見て、それを取ろうと海底をすくうこと。無益なことをして労力を費やすたとえ」という意味もあるそうだ。


 俺はしばしその海面の蒼い月を眺めた。


「ん ? なんか……動いてないか…… ? 」


 確かに酔ってはいたが、視界が揺らぐほどではない。


 その月は確実に砂浜に近づいていた。


 その光は月ではない。


 では何か。


 女だ。


 いつの間にか黒い髪の切れ長の目の女が鎖骨あたりまでを海面に出していた。


 その女の身体が蒼く発光していたのだ。


 そいつは挑発的に、妖艶に嗤う。


 海水に隠れてはいるが、どうやら裸のようだ。


 すっぽんぽん・・・・ということは、ポンが二つできたということだ。


 いや、俺は何を考えているのだ。


 そうか、海面より少し下にはチー・・首が二つ並んだイーピンのように雀頭じゃんとうを作っているのか。


 それに触れれば艶やかにくのであろうか。


 俺の頭の中では「一気通貫いっきつうかん」ならぬ「一物通姦いちもつつうかん」の役がテンパイとなり、現代麻雀最高の戦術である「即リーチ」を仕掛けるために自らのリーチ棒を場に出そうとしてズボンに手をかけた瞬間、大きく肩を揺さぶられた。


「おい ! 明智 ! しっかりしろ ! 」


 振り向くとそこには青い顔をした織田がいた。


 冷たい。


 足元を見ると、膝下まで海に浸かっている。


「どうしたんだよ !? 入水自殺でもする気か !? 」


「いや……そこに女が……」


「女 ? 」


 バシャ !


 大きな水音がして、何か大きな魚のヒレが海面を打って、沖へ行くのが見えた。



「な、なんだ…… ? まさか鮫じゃねえよな…… ? 」


 織田の震えが掴まれた肩から伝わってくる。


「早く海からあがるぞ ! 」


「あ、ああ…… ! 」


 あの時、織田が帰りの遅い俺を心配して来てくれなかったら、俺はどうなっていたのだろうか。


 それこそ海の底から満月を眺めて、二度と戻れない地上を懐かしく想っていたのかもしれない。

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