2 浜辺に生まれる宝石

 一面に広がっているのは非常に大きな水溜まり。ここに溜まっている大量の水は岩から溶けだした塩分により、塩辛い。

 この前、海がしょっぱいことを『それ』は知った。


 浜辺に青い海水がざぶんとおしよせてはするすると引いていく。その度に、キラキラと太陽を反射して光る砂がかき混ぜられては沈んでいった。


「わー!涼しいー!」


 丁度いい強さの塩を含んだ風が吹きつけた。Unknown Roomでは一切のこういった自然現象を感じられないので、こうして思いっきり風を浴びるのは好きだった。


 ここの海は適度な風が吹き、海がある世界の中でも『それ』のお気に入りだった。


 しかし、理由はそれだけでは無い。


『それ』はしばらく、どこまでも続く青色を眺めた後、砂浜に足跡を残してどこかへと歩き始めた。

 浜辺には、色んなものが流れついている。ちぎれた海藻や、流木、かたいくるみの殻。さらにはどう考えても自然のものでは無い固くて軽い半透明の容器やら、黒くて大きく、横に広い真ん中に穴が開いている円柱系の物体も流れついていた。それを触ってみると思ったよりも固く弾力があった。


 しかし、そんなものよりも目につくのは浜辺に転がっている多様に色付いた石だった。


 生き物に流れている血のような鮮明な赤、夜空のような深い青、若葉のようなすっきりとした緑色など綺麗な色をもった石たちが砂浜から顔を出していた。


『それ』はその綺麗な鉱物たちのいくつかを無造作に拾い上げると、それを持ってどこかへと駆けていった。


 浜辺を抜けて、辺りは青々とした草が茂る丘となる。若い葉が芽吹いたばかりで、この時期は特段と草の匂いが感じられる。


 その丘に一つ、小さな小屋が建っていた。


『それ』は小屋に向かって一直線に走っていくと、その飾り気のない木製の扉を叩いた。

 ノックしてしばらくすると、がちゃりと音がして扉が開かれた。出てきたのは、鈍い茶髪の男だった。


「なんだ。珍しく客が来たかと思えば、お前さんかい」

「やっほー!久しぶり、コウジ!元気?なんか変わったことあった?」


 満面の笑みで尋ねるとコウジと呼ばれた男は、ぽりぽりと頭をかいた。

 そして、『それ』を小屋の中に通した。


 小屋の中はその小さな外見らしく狭いものだった。狭いうえに、部屋の広さにあってないほどの数の棚があるため余計に狭く感じられる。その棚のどれもに、綺麗に磨かれた石やその石で造られた彫刻が置かれていた。


『それ』は中央にあるテーブルにつき、コウジに出されたお茶を飲んでいた。

 コウジはお茶ではなくコーヒーを自分のカップに注ぎ、そこに砂糖を1杯だけ入れて啜った。


 それを見ていた『それ』が尋ねる。


「コーヒーって美味しいの?」

「さあな。わしは未だにブラックは飲めんからわからん」

「じゃあなんで飲んでるの?」

「飲むとスッキリするんじゃ。ほれ、飲んでみるか」

「いらなーい」


 コウジはかなり年寄りめいた口調だがまだ30代前半である。そんなやり取りを繰り返した後、コウジが切り出した。


「さて、お前さんが来る時はだいたいあれだろ………石でも拾った時だ。今日も持ってきたんだろ?」


『それ』は頷くと、さっそくさきほど拾ってきた石をコウジの前に差し出した。

 それを見て、コウジは顎を撫でた。


「ふん、いいのを拾ってきたな。………これは前にもお前さんが拾った中にあったはずじゃ。覚えとるか」

「えーと……この青いのは多分サファイアとか言うやつ?」


『それ』がそういうと、コウジがそれに答えるように微笑んだ。


「正解じゃ。サファイアはこの赤いの……ルビーとは色が違うだけだ」

「へぇ、そーなんだ。なんで色が違うだけで呼び名が変わるの?」

「さあ、なんかはるか昔の先人たちの言葉がどうとか………まあ、この世界に今まだどのくらい、わしらみたいなやつがおるかもわからん」


 どうやらこの世界は、何回かの崩壊の危機を迎えて今に至るらしい。その様子を『それ』はUnknow Roomから見ていたので知っていた。

 あの浜辺に流れついていたガラクタも、コウジのいう先人達が残したもののようである。


「どのくらいいるんだろうねぇ。気にならないの?」


『それ』が尋ねるも、コウジはサファイアに集中していた。


「興味無いのう。が、少なくともこの辺りにいるのはもう、わしとお前さんだけだ。探すとしたら海を超えねばならん」


 コウジは『それ』がもってきたサファイアをつまんで、透かしてみた。サファイアがコウジ青色の影を落とした。


「じゃあ。これは?小さくて透明なの。あんまり綺麗じゃないけど」


『それ』は小さくて無色透明の八面体の石を指さした。大きさは親指の先程だった。ヒカリを当てても、特にサファイヤやルビーのように強い色味は感じられなかった。

 しかし、それを見たコウジの眉が動いた。


「おお、ダイヤモンドじゃな。かなり珍しいものを拾ったのう」

「え?これめずらしいの?」


 コウジは頷いた。


「ああ、ここじゃとなかなかとれん。取れたとしても茶色く濁ってたりしてな。それにこの石は元々小さいから、これでも大きい方だ」


 コウジは立ち上がると、部屋の半分ほどを占めている棚のうちの一つに向かって歩いていき、そこから一つの石を持ってきた。その石は光を7色に反射してキラキラと輝いていた。

 その石と同じように、『それ』は目を輝かせた。


「わっ、綺麗!」

「こいつを上手いこと磨くとこうなる。ただ、いかんせん硬いもんで少々疲れるがな」


『それ』はじいっと目の前に出されたダイヤモンドを見ていた。


 光の当たり方によって青や黄色、オレンジへと変化し、小屋の中の天井に反射した光を落とした。『それ』はUnknown Roomに浮かんでいる無数の物体を思い出した。あれも強い輝きはないにしろ、このように様々な色へと変化する。


 ふと、コウジの方を見てみるとコウジは『それ』が持ってきた方のダイヤモンドをただ黙って眺めていた。この、コウジが磨いたダイヤモンドのような輝きはない。

 しかし、その真っ直ぐと結晶を見る目には、生き生きとしたものが光って見えた。


 一体これから、この石をどのような姿に変身させてやろうかと。

 コウジはいつも、そのように『それ』や自分が拾ってきた石を様々な方法や形に研磨してきた。


 最初はちょっとした興味だったが、初めて自分で磨いた石が輝いた時に抱いた思いは今も忘れられない。それからほぼ毎日。コウジは浜辺で石を拾っては、それを磨いたり彫刻にしてきた。


 ダイヤモンドの結晶は自分の手の中でぼんやりと輝いている。


「…………む。なんじゃ。わしの顔になんかついとるか?」


 コウジが、自分に視線を送り続けている『それ』に気づくと、『それ』は無邪気に笑った。


「コウジってさぁ。本当に石が好きなんだね。見てるとすっごい楽しそうだもん」


 コウジはちょっと意外そうな顔をした。そして、手を顔に当てた。どうやら正解らしい。

 そしてコウジの表情が柔らかく綻んだ。


「そうか、顔に出とったか…………。ああ、本当に楽しいんじゃ。どんな風に磨いてやろうかな考えるのがな。この石………先人はこのように綺麗で、美しい石を宝石と呼んだそうな。たしかにこの石たちは磨かなくとも美しい。けど、わしは単純な美しさよりも、その石一つ一つがもつ美しさにひかれたんじゃ。同じ石でも僅かに色が違うように、唯一無二の美しさにな。わしが海の向こうの大陸に興味がないのも、その結晶達を生み出すこの浜を愛していて捨てたくないからかもしれん」


 そして、手に持っていたダイヤモンドの原石をそっとテーブルに置くとこう口にした。


「そして、磨いたり彫刻にしたりすることでそれの美しさをよりいっそう引き出せる………どれ、これも磨いてやろうか?形もいいし、磨いてもあまり小さくならんだろう」

「え?いいの!?」

「ああ。でも、少し時間はかかるかもな。硬いダイヤモンドを削るにはダイヤモンドで削るしかない。今削る用に置いてあるダイヤモンドはそんなにないから集めねばならん。それでもいいか?」


 そういうコウジに『それ』は足をバタバタとさせて、大きく頷いた。


「うん!いいよ!待てる!!待つのは得意だよ!」


 子供がはしゃぐように『それ』が目を輝かせて言うと、コウジは「期待しておれ」と、笑うのだった。


 それからしばらくした後。

 Unknown Roomに無数に浮かぶ物体の中に混じってきらりと、見事に輝くダイヤモンドが混じって浮かんでいた。


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