シオザキの短編集
汐崎磨果
ひまわりの亡霊
こわい話?
うーん。こわい話っていうか、不思議な話ならあるけど、いや、私にとっては怖い話だけど、私が話し下手だからかあんまり上手に伝わらないんだ、この怖さ。
それでいい? なら聞いてくれ、ある夏に体験した話だ。
*
ある暑い金曜日の朝に、大輪の花が雨に濡れて俯いていた。その日は警報が出るほどの大雨が降っていて、先日やっと咲いたばかりのまだ幼いひまわりを容赦無く打ち付けている。
これじゃあ花も枯れてしまうだろうに、なんて思って、私はなんとなく持っていた傘をひまわりに差し出したが、ひまわりが傘を持てるはずもなく、色を変えた信号の渡れることを示す音に背中を押され差し出した傘を引っ込めて歩き始めた。
豪雨の中で咲いているのも大変だろうが、私にはこれから仕事があるのであの花に傘を渡すこともできない。中途半端な善行に情けなくなりながらも、ひまわりに傘を差したところで何が変わるわけでもなしと自分に言い聞かせることにした。
帰りはちょっとわけあってバスで帰ったから、その日はもうひまわりを見ることはなかった。
ただその日の夜、不思議な夢を見た。
遠くの空に入道雲が膨らんでいた。大雨が足音を立てているのが聞こえるのに、私の立っているところは見渡す限り晴天で、遠くに膨らむ入道雲以外は雲ひとつもなくて、周りを見渡すと一面が背の高い夏草に覆われていた。青と緑だけの視界に、ふと、向こうのほうに黄色が見えた気がした。
その黄色に近寄っていくと、それの正体はひまわりであることがわかった。私より背丈の大きなひまわりが、群れをなして咲いている。
これだけ聞けば、随分素敵な光景のように思えるだろうが、夢の中のそれは美しい光景というにはあまりに暴力的なコントラストだった。めまいがした。
「あ、」
病的なまでに青い空の下、ひまわりが逆光を浴びて私の方を一斉に向いた。
じりじりと射す太陽が私に一筋の汗をかかせた。ひまわりが、わたしをみている。責めているのか、それとも、興味本位にじっと見つめているのかはわからない。ただ私を見ているのだ。
強烈なまでの雨音と、太陽に背を向けつづけるひまわりと、温度もわからないのに汗をかく私。
あまりにおぞましい光景で、私は訳もわからず逃げ出した。目の前には自分より背の高いひまわりがあって、後ろにはかろうじて自分より背の低い夏草が生えていた。逃げる向きは後ろしかなかった。
私は振り返って、走って逃げたよ。好奇心で近寄ったものがこんなに恐ろしく感じるなんて、愚かな話だね。
でも、なんだか不思議なんだ。どんなに走っても、走っても、前に進んでいる感じがしない。後で知ったけど、眠る時足場になるような場所がないと、夢の中では走ってる感じがしなかったり、走れなかったりするんだって?それのせいかどうかは知らないけど、とにかく私は前に進んでる感じがしないまま走り続けた。
仕方ないじゃないか、空でも飛べたら良かったが、夢の中の私も人間だったからね。
そのうちに、私の足元は突然夏草にとられて、私は文字通りに転げて倒れてしまった。反射的に顔を上げる。するとそこには、
あの、
大輪のひまわりが。
あの時、傘をさしてやった、濡れそぼったひまわりが、こっちをみていたんだ。
気づけば、私が踏んでいた背高草たちもひまわりになっていた。
大音量の雨音と、
バケツでぶちまけたような、濃すぎる青の空と、
絵具の配分を間違えたような、黄色すぎるひまわり。
地面に倒れて立てもできないわたしのことを、ただ、ひまわりだけが見ていた。そんな光景に思わず悲鳴をあげそうになって、そこで目を覚ました。
その夢はそれっきりだったが、そんな恐怖体験は初めてでね。今まで明るく輝いている太陽の気分ってどんなもんかと思っていたが、恐ろしすぎて最悪だったよ。
……そのひまわりはどうなったかって?
それがね、困ったことにわからないんだ。なにしろ、そのひまわりがあった植え込み、週明けには工事が始まってしまってさ。
予定されてた道路の拡大工事が始まったもんで。
ひまわりはどこかへ移植されたのかもしれないし、廃棄されたかもしれない。
結局、私が一番怖いのはそのひまわりが私のことをどう思っていたか、なんだ。だから体験したことがない人にはこの話のミソがちゃんとは伝わらないってわけさ。
だから「怖い話」というよりは、ひまわりに傘を差してやった日に悪夢を見ただけ、っていう「不思議な話」止まりなんだよな。
ところで日向さん、なんでわざわざ私に怖い話なんて聞いたんだい?
私が話し下手だっていうのは君もよく知っているだろうに。
シオザキの短編集 汐崎磨果 @Aosaki_S
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。シオザキの短編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます