松成敬輔
18-1
プールが終わって一階の倉庫に戻ると、すぐに敬輔は床にしゃがみ込んだ。
「おい。床汚いぞ」
雄大の助言を意に介せず、敬輔は膝を抱えてうずくまる。
ラブレターを渡せば全部が上手くいくと思った。奈々子ともっと仲良くなれると思った。
けれど、それは幻想でしかなかった。
水着姿の奈々子を見終わってしまった今は、喜びよりも悲しみが大きかった。
雄大の手が肩にのる。
「心配すんなって。奈々子さんは絶対に敬輔のことが好きだよ」
敬輔は首だけ後ろに回して雄大を見上げた。励まそうとしてくれてるのは嬉しいが、今さらそんな根拠のない言葉を聞いても素直に喜べない。
「ありがとう」
なんだか投げやりな気持ちになってくる。プール用の鞄を忘れたので、当然タオルもない。
一枚のバスタオルを順番に使って身体を拭いたあと、雄大と顔を見合わせる。
「そういえばこれからどうすんの?」
「うーん。どうしようかな」
プールの授業が終わったあとのことが完全に頭から抜け落ちていた。水着を履いていたなら水着を脱いでパンツを履いて制服を着て終わりだが、下着を履いて水の中に入ってしまったのだから、当然トランクスを脱いだあとに履くものが存在しない。
「僕は水着があるけど」
雄大の言葉に反射的に鋭い視線を向ける。まさか裏切る気か。
そういえばさっきから雄大は機嫌がいい。口笛を吹きながら身体を揺らしている。もしかして、上戸美姫と言葉を交わせたことが嬉しかったんじゃないだろうか。
そうだ。雄大は上戸から厳しい言葉を浴びせられるのが好きな変な奴だった。
こっちの気も知らないでひとりで楽しみやがって。恨みのこもった視線を向けていると、慌てたように雄大が言った。
「もちろん履かないぞ。元はと言えばこの案を出したのは僕だからな」
雄大は両手を挙げて声を出して笑った。何がおかしいんだかとも思ったが、逆に感心する気持ちが芽生えた。雄大は上戸美姫に振られた。それでも上戸のことを諦めず、それでいて上戸と少しでも会話できたら喜ぶ。これぞ本当の愛ではないか。
そうだ。落ち込むのはやめよう。確かに雄大の言うとおり放課後までは答えが分からないわけだし。たとえ振られたとしても、その覚悟があって告白したんじゃないか。
敬輔は一度深呼吸した。
手を膝について立ち上がる。
「やっぱりノーパンだろうな」雄大は言った。
「そうなるよね」敬輔も納得する。
どうせズボンを履いていたらパンツを中に履いているかどうかなんてことはわかるはずがない。濡れたトランクスをビニール袋に詰め込んで、制服に着替えた。
いつもより下半身に風が通る気がするが、それほど気になるわけでもない。
問題はなさそうだ。
敬輔と雄大は一階の倉庫から出た。
「六時間目の授業は出るのか?」雄大が訊いた。
「情報処理だっけ?」
「ああ」
どうしよう。仮病をつかって休もうか。奈々子の隣の席で授業を受けるのはいまは避けたかった。
と、視線の先に男の人がいた。
何をしているのだろうと目を凝らしてみる。
その人物は奈々子の父親だった。間違いない。海外出張に行く前はよく家族ぐるみで遊んだりしていたから、よく覚えている。
いつもスーツをビシッと着こなして、髪を丁寧に整えてて、たまにテレビで見ることもあって、まさに理想の父親だった。
だからいま目の前で起こっていることに自分の目を疑った。
奈々子の父親は女ものの下着を持って、あろうことか臭いを嗅いでいる。
おいおい。どうしちゃったんだ。
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