甘木奈々子

17-1

 バスタオルで身体を巻いて奈々子は一人でプールから教室へと戻っていた。美姫に用事があるから先に戻っていてと言われたが、用事ってなんだろう。

 ああ、それにしてもなんでこの学校はプールに更衣室がついてないのだろう。水が滴る女子高生にグランドや校舎の中を歩かせるとは、この学校の危機管理はいったいどうなっているんだろう。

 これは生徒会なのか。生徒会に文句を言えばいいのか。

 教室に戻って着替えていると敬輔の机が目に入った。プールの授業には出てたけど、六時間目の授業に戻ってくるだろうか。

 席に鞄が残ってるからまだ帰ってないはずだけど。

 と、同じクラスの子たちがひそひそと話しているのが聞こえた。

「ねえ、さっき教室から出ていった人ってプールの時に来てた人じゃない?」

「あー、奈々子の話してた人?」

「ちょっと危ない感じだったよね」

 奈々子は頭を抱えた。

 お父さん。いったいここで何をしているのだろう。NASAでの仕事が終わるのはもう少し先のはずだ。こんな中途半端な時期に日本に帰国するなんてことがあるのだろうか。

 身体を拭いて制服に着替える。

 下着。そうだ。下着が欲しいって言ってた。

 スカートをめくって自分のパンツを見る。

 この下着を返して欲しいのだろうか。返して欲しいならいつでも返してあげようと思うが、少なくとも今日はいやだった。一応は母親の助言で今日一日履いていることにしたのだ。効果があるのかはいまいちわからないが、それでも、もしかしたら。もしかしたらあのラブレターが自分宛だという可能性も残っているのだ。

 ならば、それを確認するまでは父親といえど返すことはできない。

 奈々子は下着に手を当てて念じる。頼むぞ。もし叶うなら敬輔との恋を成就させてくれ。

 奈々子は美姫の机を見る。もう少ししたら五時間目の授業が終わってしまうが大丈夫だろうか。

 プールの授業は早めに終わるのだが、それは着替えの時間を残しておくためだ。

 五時間目の終了を知らせるベルが鳴ったら男子たちが教室に入ってきてしまう。

 時計を見る。

 あと五分だ。

 秒針がゆっくりと、けれども確実に進んでいく。

 廊下で教室に入るのを待っている男子生徒の声が聞こえる。

 ああ。こりゃあ間に合わないな。

 チャイムがなった。

 奈々子は自分とおそろいの美姫のプール鞄に美姫の制服を入れて手に取った。

 しょうがない。こういう時は荷物を持って行って、休み時間にトイレで着替えることになる。

 奈々子が美姫の鞄を持って教室を出たら、ちょうどバスタオルを身体に巻き付けて走ってくる美姫が見えた。

「ごめんごめん。遅れた」

「大丈夫? 一応着替え持ってきたよ」

「ありがとう。じゃあ、ちゃちゃって着替えてくる」

 美姫はそう言って女子トイレの方へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る