第28話 再び屋敷へ

 そんな事を考えていると、目の前にあの屋敷が見えてきた。以前と同じはずなのだが、何故か大きく見える。いや、気持ちですでに圧倒されていては駄目だ。明智一族の命運がかかっている。重い足取りのまま、無意識のまま進んでいく。屋敷の前まで行くと、前回と同じ護衛の人物が立っていた。光秀を見かけると声をかけてきた。

「明智様、お待ちしておりました。どうぞ、中へお進みください」

「ああ、わかった。お役目ご苦労」

 護衛の人物は、動きに無駄がなかった。実戦で鍛えられた特有の雰囲気が感じられる。動きが柔らかいのだが、キレがある。何かあった場合には、脱兎のごとく一気に動き出すだろう。

 案内され屋敷の中に入っていく、一度入った場所だけに、今回は少し懐かしい感じがする。屋敷の中を進んでいくと、一番奥の部屋には、すでに信長が席に座っていた。

「光秀、来たか。まあ、まず座れ」

「お待たせしました」

 光秀は、信長と少し離れた場所の椅子に座った。椅子に座る時は、これといって決まった場所があるわけではなく困る。目線も、信長と同じ高さになるので、光秀は椅子に座るのは好きではなかった。信長の前で、そんな素振りは少しでもできるはずがなかったのだが。


 信長は、透明なグラスに濃い赤色の液体を注いだ。赤いが光が当たると薄く光が輝く美しい色となった。

「これは、南蛮から手に入れた葡萄酒だ」

 そう言いながら、二つのグラスに葡萄酒を注ぎ、一つを光秀の方へ置いた。もう一つのグラスを手に持った信長は、一口だけ口にした。

「このような珍しい物も、世界には沢山ある。我らが、何も知らない事が、まだまだ多くあるという事だ」

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