第15話 備中の戦い

 光秀も、知ったところで何もできないことがわかっていた。この乱世が終わるなら、個人的な感情は二の次だと言い聞かせるだけだった。力を無くしてしまった足利幕府が存在する限りは、この先もしばらくは乱世が続くだろう。実質的な支配者となった信長が朝廷からも認められ官位を得れば内外にも信長こそが天下人だと宣言できる。その上で、国内の反対勢力を倒していくことで、この乱世も収束することができる。


 朝廷としても、乱世が続くことは望んでいない。平和な世が続き、一定の影響力を持ち続けることが最良の状態だ。願わくば信長が忠実な臣下であれば、言うことはない。合理主義者ではあったが、全ての権力構造を否定するような考えでもなさそうだった。既存の権力構造があるからこそ、信長の改革が受け入れられている。

「今日は、もう少しお付き合い願いますか、我が屋敷で」

 光秀は、盃を持つ仕草をして、貞興に問いかけた。貞興も微笑み、うなずいた。寺では、酒も呑めないので、二人は席を立ち歩き出した。乱世が終われば、もっと楽しい酒が呑めるだろう。しかし、それまでに苦い酒をどれだけ呑まねばならないだろうか?いや、乱世では、先のことは誰もわからない。そう思えばこそ、この瞬間を酒で満たしたくもなるのだろう。


 備中の秀吉の陣では、高松城攻めの準備が行われていた。途中の支城をことごとく落としていき、高松城まで近づいていた。ここを落とせば、次は毛利本隊との戦闘になるだろう。高松城は、周囲が湿地の場所が多く攻めるのが困難な城だった。城に篭る清水宗治も徹底抗戦の構えだった。秀吉軍に加わった宇喜多勢を加えると、三万の大軍で周囲を囲み攻撃の機会を覗っていた。宇喜多勢は、当主の秀家が十歳と若く、叔父の忠家が率いていた。連戦連勝で高松城まで迫り、三万の軍勢にもなった秀吉軍の士気は高かった。

「高松城ごときは、早々に落として上様をお呼びして毛利との最終決戦を行うぞ」

 秀吉自身の士気も高かった。周りを鼓舞するように叫んだ。兵達も、歓声をあげ拳を突き上げた。信長からの援軍を待ち、決戦を行う事で信長の眼前で戦働きを直に見てもらえる。さらに、兵の士気が上がるのも間違いがなかった。今や天下人となった信長の参陣は、栄誉なことであった。秀吉は、そこまで考えて信長からの援軍を要請していた。そういう事ができるのが秀吉だった。

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