第14話 三権推任

「それが、太政大臣、関白、征夷大将軍のどれかという話になっているようだ」

 貞興は、ゆっくりと光秀の顔を見ながら話す。光秀は、想像した以上の話になり驚いた。関白となれば、天皇の補佐をすることになり、征夷大将軍となれば、慣例では幕府を開く事と同義だ。織田幕府とでも言うだろうか。しかし、足利幕府も無くなったわけではない。将軍の義昭は鞆の浦に健在であり、征夷大将軍を返還してはいない。二つの幕府が存在するなど聞いた事がない。


 しかし、信長は前例などに縛られる事はないだろう。官位に興味や影響力がないと思っているだけに、信長からすると信忠が上の官位になれば問題はない。

「お館様は、織田家の家督を信忠様に継承し、権力を代々織田家で相続するためには、征夷大将軍を望むのでは」

「光秀殿、武家の棟梁という意味でも、そのように望むかもしれませんな」

 この結論に至ったのだが、それは二人に関係がある足利将軍家の滅亡も意味していた。征夷大将軍になるにしても、信長の嫡男だとしても信忠が征夷大将軍になるには、功績がなかった。信長が征夷大将軍となり、継承していくのは前例もあり、朝廷も認めやすい。朝廷からの官位もない人物が実質的な支配者であるのも都合が悪い。形だけでも、朝廷が認めた人物が支配者でなければ体裁が悪い。貴族の社会というものは、依然としてそういうものだ。

「将軍家にも恩がある我らにとっては、心穏やかではいられませんな」

 光秀は、貞興に確認するかのように話しかけた。今は、織田家の家臣と言えども、将軍家の禄を食んだ時期もある。貞興は、先祖代々将軍家と共に生きてきた。そもそも、織田家は尾張守護斯波氏の下の守護代に過ぎなかった。

「我らが出来る事は、成り行きを見守るだけか」

 貞興は、力なく答えた。今や、かつてのような力を持たない伊勢家は、朝廷に働きかけることもできない。ましては、織田家に対して、どうすることもできない。見守ることしかできなかった。

「これで乱世も終わるなら、それも仕方ない事やも知れぬ」

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