第13話 伊勢貞興
「日向守殿、お耳に入れておきたい話が」
そう言うと、貞興は、僧侶の方を横目でちらりと見た。それを察した僧侶は、静かに会釈し場を離れていった。俗世とは離れた場所であるはずが、俗世にある以上は、無関係ではいられない事を実感する。
「朝廷に近しい者の話では、信長様は官位を望んでいるようです」
幕府の要職を務めた家柄だけに朝廷との人脈も多く、今でも情報だけは伝わってくるようだ。
「しかし、お館様は官位には、興味がなかったはずでは?」
光秀は、信長の性格を知っているだけに不思議な感じだった。官位を望む人であれば、右大臣・右近衛大将の職も辞任するはずがない。その言葉に、貞興が興奮気味に話し出した。
「信長様だけの問題であれば、そうなのだが、家督を譲った信忠様が関係しているらしい」
信長は、今年に入り家督を嫡男の信忠に譲っていた。織田家は、信忠の時代に移っていた。
「信忠様の官位を上げるために、お館様も、官位が必要という事ですか?」
光秀は、状況を察した。織田家の棟梁としての官位が必要だが、信長は、朝廷からの再三の叙任も断ってきた。自らが断っているのに、嫡子には叙任しろというのは、朝廷としても納得が行かないだろう。
「朝廷としては、形だけでも信長様を朝臣として、朝廷の権威を維持したいのでしょうな」
光秀と貞興は、お互いに黙り込んでしまった。信長の性格も知っていて、朝廷という組織も理解している。お互いの考えが異なるのは、十分に理解できていた。理解できてはいるが、お互いに簡単に納得する事もないのもわかっていた。
「左大臣、太政大臣を望んでいるのですか?」
光秀は、信長が右大臣であったことを考えると、選択肢は限られている事を理解していた。
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