第12話 瞑想

坂本城の麓の寺にて


 夕方になり、すっかり暗くなった本堂は、蝋燭の灯りで照らされていた。本尊の周りには、多くの諸仏の像も並べられており、厳かな雰囲気を醸し出していた。微かな線香の香りと、護摩を行った後の灰の匂いも漂っていた。本尊の前で、両手を合わせ、静かに目を閉じ瞑想をしている人物が見える。穏やかな本尊の顔とは異なり、その人物の顔は何か悩みを抱えている顔であった。悩みがあるからこそ、瞑想をするのだが、その男は悩みを解決する方法を探っているような表情でもあった。

 一人の僧侶がお茶を運んできて、その男の前にそっと置いた。

「明智様、考えはまとまりましたか?」

 本尊の前で瞑想していたのは光秀。静かに考えたい時や、一人になりたい時などは、そっと寺を訪れるのだった。何度も来ているため、寺の僧侶とは親しい仲でもあった。

「瞑想をしても、雑念が溢れるだけで、考えはまとまりません。人の悩みは、尽きないものです」

 そう言いながら、光秀は運ばれてきた碗を手にとり、口に近づけた。

「生きる限りは、悩みは尽きないものです。悩みと向き合う事こそ、悟りに近づく事かも知れません」

 僧侶も、また悟りを求める途中であり、瞑想をしても真理を得る事は出来ていなかった。悩み、考える事が真理であり、答えや終わりがないのかもしれない。答えを出す事が真理ではなく、その過程こそが真理なのかもしれない。それすらも、答えがあるわけでもなかった。


 薄暗い本堂の中で、静寂が空間を占めていく。光秀も、僧侶もその静寂の中に身を任せていた。それすら、瞑想の一部でもあるかのように。


 心地よい静寂の中を、遠くから足音が聞こえる。足音で、急いでいる事がわかる。近づいてくると、その足音の主が、伊勢貞興である事がわかった。伊勢家は、代々足利幕府で政所執事を務めた家柄であった。政所は、将軍家の財産の管理から、土地の管理までに及び、幕府においての財務省とも言えた。


 将軍家との関係が深く、将軍の嫡子は、幼少期に伊勢家で育てられる事もあった。それだけ、将軍家との繋がりが強くなると、権力も増大し、財務を管理している事もあり、多くの賄賂との関係も浅くなかった。足利義昭が、京より追放されると伊勢貞興は、旧知の仲でもあった光秀を頼った。足利幕府が、力を無くしていくと同時に伊勢家の力も衰えていた。

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