勇者気取りの冒険者
スーツの男が少女を逆さ吊りにする少し前。
鎧に身を包んだ冒険者が、お菓子屋さんへとやって来ました。友である魔法使いが行方不明となり、彼はその友を探していたのです。
「なんだ……ここは?」
なんの変哲もないはずの小さな建物。屋根は見ごとに赤く塗られ、可愛らしい見た目でしたが、周りには涎を垂らした獣たちが集まっていました。
「この森は比較的、おとなしい動物が多いはずなのに……。」
よくみると、庭には獣避けの呪いがかけられています。お陰で獣達は、入ってこれないようです。
どこか不気味なお菓子屋さんですが、友の手がかりを探すべく、勇気を出して足を踏み入れます。
「いらっしゃいませ!」
幼くも元気な声が飛んできたした。店に入るなり、赤いエプロンをした少女が出迎えてくれたのです。
しかし冒険者の視線は、少女に向けられず、冒険者は絶句していました。生まれて初めて、言葉がでないと言う現象に遭遇したのです。
店内には、お菓子を“模した”人の臓器らしきものが並べられていたのです。
小腸をカップに詰めて、脳みそをくりぬきアイスのようにトッピングをした「プリン」や、肌色の肉を三角に切り、どす黒い血をかけた「ケーキ」
どれもこれも歪で、無理矢理それらしく見せているものばかり。棚や床には血が染み込んで黒く変色しています。
「何かお探しですか? あの、よかったら、おすすめのケーキを見てください!」
狂気に満ちた空間で、あの少女は彼の返事も聞かず、奥の厨房らしき部屋へと駆け出していきました。
よくよくみれば、少女のエプロンは不自然に赤く染まっていて、血が染み込んでいるようでした。
途端に男は寒気に襲われます。
━━まさか、あんな無邪気な子供が……これを作ったのかっ?━━
だとすると、狂っている、としか言いようがありません。だって少女は、こんな場所にいるにも関わらず、目をキラキラ輝かせていたのです。
そんな姿で人の肉を切断する様子がふと浮かび上がり、冒険者の顔はみるみる内に青くなっていきました。
━━こんなところに、本当にあいつがいるのか? ━━
辺りを見渡す限り、人らしきものは少女だけ。あとは肉になり果てた残骸だけです。
きっと友はここにはいない、そう思ったとき、少女が戻ってきました。手には、お皿と“何か”が乗っています。
ホールケーキを模したような、人の臓器を混ぜ合わせたそれに、目玉が二つ乗っていましたが、少女が走ったせいで、目玉が転がってしまいました。
「あ、あ! ご、ごめんなさい……ちょっと不器用なので……で、でも、味には自信ありです!」
おぞましさしか感じられないそれを見せられて、思わず吐きそうになり口を覆いました。転がった目玉に、見覚えがあるのです。
白い眼球に、青く魔方陣が描かれています。この魔方陣はオリジナル。誰も真似することなんてできません。
確かに転がった目玉は、友のものでした。
男は見ていられなくなって、少女に背を向けました。
「それは……君が、作ったのか。」
はじめて言葉をもらえたことが嬉しかったのか、少女はとても明るく応えます。
「はい! 全部私が作りました!」
その無邪気さが、余計に神経を逆撫でます。
「……そうか。」
常軌を逸した空間に長く居続けたせいか、彼の思考が、徐々に歪み出しました。
━━こんなこと、人間にできるわけがない。━━
冒険者はナイフを手に取ります。
「あの、よかったらこれ食べてください!せっかく来てくれたから!」
無邪気な声が、聞こえます。けれど、もう冒険者の耳には入っていません。
「だれが……誰がそんなものを食べるか、この魔女め!!」
━━グサリ……ッ━━
男は少女をナイフで刺しました。
何度も何度も何度も何度も
楽に殺さぬよう、たくさんたくさん。己の鎧を、少女のエプロンのように真っ赤に染めながら。
ぐさり、ぐさり、ぐさり、ぐさり……
気がつくと、少女は動かなくなっていました。
漸く我に帰った男は、笑いだします。
「はは……ははははっ!やったぞ!魔女を倒した!これでもう誰も、犠牲にならない!」
男は走り出しました。一刻も早く、この事を街に知らせないと。無邪気な少女を殺した罪の意識から逃れるために、自分を褒め称えます。
そうやって、自分にしか目を向けていなかった彼は誰かにぶつかったことも、気づきません。我に返った頃にはもう、その足は地についていませんでした。
「ぎゃぁあああああああ!!!」
真っ逆さまに崖から落ちましたが、男を見つけるものは誰もいませんでした。
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