夢見がちな少女と錬金術師

 少女が殺される一ヶ月前のこと。


 黒いローブを身に纏った、いかにも怪しい男が街を歩いていました。


 男は錬金術師です。長きにわたり金を作り出す方法を研究していましたが、まだ成功していません。けれど寿命を迎えて研究ができなくなることは、避けられません。


 だから錬金術師は、金を作るよりも先に自分の寿命を伸ばす方法を探しました。そして長きの研究の末、錬金術師はある方法で、生き長らえる方法を見つけたのです。


 それが、まだ寿命のある他者の体に魂を移すというものでした。


「寿命の長い……できれば子供がいいが、それはそれで難しい。」


 体を奪うには条件があります。それが罪を犯して、罪の意識を認識していないことです。


 しかし、条件に見合う子供など、早々見つかりません。そろそろ体の寿命が尽きようとしています。病気を患った体ではもう時間がないのです。


 また錬金術師は錬金術で使うためたくさんの血を求めていました。


 器を探し、血を集める。

 錬金術師の前には、難題が山積みとなっています。


 困り果てながら歩いていた錬金術師は、ふと路地裏で足を止めました。日も当たらぬ暗い路地には、重い空気が流れています。


 そんな場所に、女の子が一人座っていました。暇そうに、石を投げて遊んでいます。


「やぁ、どうしたんだい。こんなところで。」


 こんな不気味な男に話しかけられれば、普通は逃げられてしまうのですが。少女は動くことなく、錬金術師を見上げました。


「お家がね、貧乏なの。だから学校にもいけないの。」


「そうかい、それは大変だね。」


 少女の目は、寂しそうに大通りに面したお菓子屋さんへ向けられました。


「私ね、お菓子屋さんになりたかったの。でもね、近所の子がいうの、汚いお前には無理だって。」


「それはひどいことを言われたね。」


 ただ話を聞いてほしいだけなのか、少女は勝手に話し始めました。魔術師は少女の隣に座って話を聞き、少女は話している内にポロポロと泣き出しました。


「みんな綺麗な服を着て、夢を追いかけられるのに。どうして私だけ……。」


 魔術師はその時、少女の瞳に憎悪が宿っていることに気がつきました。その口許が、にんまり歪みます。


「そうかそうか。お嬢さんはとても辛い思いをしたね。でも大丈夫、その夢は私が叶えてあげよう。」


「……本当に?」


「あぁ、本当だとも。ほら、みてごらん」


 錬金術師は手に石をのせ、掌を握ります。次に開いたときには、なんと石が丸いキャンディに変わっていたのです。


「わぁ! すごい!」


 少女の目が輝きます。錬金術師はそれを彼女に差し出しました。


「こんな石ころでも、綺麗なキャンディになれるんだ。君だってお菓子屋さんになれるさ。」


「なれるかな! 私、お菓子屋さんになりたい!」


 石ころに呪いをかけてキャンディに見せただけで、少女はすっかり男を信じてしまいました。


「なれるとも。そうなればまずは修行をしないと。」


 錬金術師は少女と手を繋ぎ、森の奥にある研究小屋へ連れてきました。


 信用している少女を騙すのはとても簡単です。彼女が寝ている間に、呪いと暗示をかけたのです。


“お菓子をつくっている”という暗示です。


 あとは呪いで、少女が死体を認識できないようにすれば完成です。


 少女は、自分が死体を解体しているだなんて知りもしません。ただ夢中でお菓子をつくっているだけです。プレゼントした白いエプロンを真っ赤に染めながら……。


「子供は純粋で助かる。これで死体の処理も器候補も育てられ、一石二鳥だ。」


 錬金術師は笑いました。だって、少女に食事と服を与えるだけで、勝手に面倒な死体を処理してくれるのですから。


「さて、それまでどうにか騒ぎにならないようにしないと。」


 うーん、と錬金術師は悩みます。疑われてしまっては困ります。そんな彼の目に、テーブルにおかれた新聞が目に入りました。


 ━━あぁ、ちょうどいい!どうせ人が消えれば騒ぎになるなら、記事をでっち上げてしまおう━━


 錬金術師は掌を打ち一人で納得しました。指をパチリ、と鳴らすと錬金術師のローブが、古びたオーバーオールに変わりました。


「あれ、オーナーどこにいくの?」


 出ていこうとした錬金術師に、血まみれの少女が声をかけます。


 男は振り返り、笑いました。


「君は立派になった。もう店を一人で出来るね?」


「ほんとに!? 私頑張る!!」


「君ならできるよ。あぁ、そうだ。これは大事なお客様ものだから、動物にあげちゃダメだよ。」


 ひとつだけ注意をして男は出ていきました。


 さぁ、仕事をしなければ。

 最も正直な、法螺吹きとして。

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