第11話 「我が純愛の妹を前に」 その3


「————っはぁ、っはぁ、っはぁ!」


 僕は走っていた。

 家に続く帰路を自らも驚くような速度で駆けていた。


「っはぁ、っん、はぁ……部長、四葉はっ、だいじょ、っぶですか!」


 僕はスマホの向こう側にいる部長に勢いよく問う。


『っあ、ああ、てかお前大丈夫か?』


「ぼ、くのことなんか、どうでもいいからっ」


『いやいや、よんちゃんに聞いたぞ。お前が全くスポーツしない男だってことをな……そんなもやし身体で走れてるのか?』


「うるっせぇ、もやしはどっちかというとあんたでしょうが!」


『これはもやしじゃない、美のスタイルだ!』


 部長の姿なんて全く見えていないのになぜかつつましいその胸を大きく張っているのが見て取れる――まあ、彼女は百合だから胸なんかなくても生きていけるともうけどな。


「はいっはい……それで、今は、僕の家っすか?」


『そうだ。でも四葉は無事だからゆっくり来い』


「そうなん、ですねっ! じゃあなんとか数分後にっは着きそうっなので!」


『まあ、熱はあるけど……』


「おい、どこが無事なんだっよ‼‼」


『知らん、無事は無事だ! この天使の様な寝顔が見れるだけで無事なん――』


 そこでぼくは電話を切った。


 ——こいつ、このクソ部長が隣にいては四葉も怖いはずだ。


 いくら無事とはいえ熱があっては何がされるか分かったものではない。この文芸部のクソ部長も西島咲に負けず劣らずの変態さんなのだ。



 ——————☆



 遡ること30分前でした。


 四葉の義兄であるゆずとは告白を受けました。

 それ自体はとても喜ぶべきことだし、四葉だって告白されたら嬉しい。すごくすごく良いことなのは分かっていました。


 でも、それにも例外はあります。


 その告白は、四葉の大好きな文芸部の部活動中に起きてしまいました。そして、もっと言うなら四葉の目の前で……四葉の大好きな小説のなかでその準備が進んで、でもそれが凄く面白くて……でもどこか既視感があって。


「——好きです」


 四葉の心中にもあったその言葉が彼女の胸の内にもあったかと思うとこの小さな身体がはち切れそうになります。


「——いいよ」


 それも、それも、こんなにも。

 良い風景があるのでしょうか?


 ——否。


 良い風景ではありません。

 

 この視点では——最悪の風景でした。


 だって考えてみてくださいよ!

 好きな男子(義兄)に彼女が出来たんですよ!!


 ——って馬鹿みたいです。


「よんちゃん……大丈夫か?」


「っあ、あーー詩音先輩……なんとか、はい……」


 すると、俯いた四葉に詩音先輩が声を掛けます。眼を合わせるととても心配そうな表情ですごく胸が苦しくなりました。


「ほんとに? 私……まさか、こうなるなんて思わなくて」


「いえ、四葉も楽しんでいましたし、別に大丈夫ですよ……結局はこうなるんですよ……」


「そんな……」


 現実はいつも非情。


 大好きな恋愛小説の数々はいっつもロマンチック終わるけれど、四葉の物語はきっとバッドエンドなんですよ。


「そんな……ことあるんですよ」


「いや、でも——」


「——あるんですよ!! 絶対に、四葉なんて……昔、あん、なっぃ……ぅ、ぅ……」


 そして気づけば泣いていた。

 目の前が見えないほどに埋め尽くした涙が地面にしたたり落ちていく。


 結局、皆が別れたあの日から全部始まっていたのでしょうか……?


 こんな最後を四葉は望んでいないですよ……。


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