第7話 「図書館の少女」 その6

 特に、なんの起伏もない一日が過ぎて、二日後の放課後。

 またも委員会の仕事であった。


「うわ……なんで、あったところに戻さないんだ……」

「分かるわ、ちゃんと戻してほしいわよね」


 何気なく言った一言に、彼女はそう言った。

 一昨日はあまりよく見ていなかったが、隣で見るととても綺麗な顔立ちだった。黒髪、黒目、大和撫子そのもので、制服の上には灰色のカーディガンを纏っている。地味な格好のため、あまり気が付くことはなかったが本当に美しいものだった。


「あ、ああ」

「どうしたのよ?」

「いや、まあ。意外としゃべるんだなって……」

「そ、りゃあ、私も人だし」

「はは、だよね」

「うん」


 一体何を聞いているのだろう、僕は。たった一度の時で判断していた僕が愚かであった。四葉が良く見せる平然とした真顔ができている。一瞬、ぞわっと心臓が止まりかけたが深呼吸をして落ち着かせる。

 すると、


「あの、君の名前は?」


 彼女もまた唐突に僕に尋ねた。


「あ、僕は洞野柚人ほらのゆずと。洞窟の洞に、野原の野、柚の人って書いて洞野柚人、君は?」

「私は、烏目椎奈からすめしいな。カラスの目に、椎に奈って書いて烏目椎奈よ」

「それ、説明になってるのか……?」

「……バレた?」

「バレバレ」

「っふふ」


 案外、彼女はしゃべる人だった。無口で目が鋭く、マイペース。それが彼女に向けて受ける一印象。何度も本を見ては思案するときの顔ほどではないが、一昨日見た表情よりかは今は緩いとそう思う。


「なに?」

「い、いや、なんでも」

「そう……」

 

 若干、頬が赤くなっているように見えたのは恐らく錯覚だろう。彼女が本をとって棚にしまう度に肩が揺れ、髪がふわりと空を舞う。今日もまた、夕焼けが差し、そんな蜜柑色の光が彼女の髪を反射している。


「本好きなの?」

「え、ええ」

「前も、たくさん読んでたよね」

「まあ、ね。でも、まだまだ読み切れてないかな、本って結構難しいし」

「それは何となくわかるかな、僕文芸部に所属しているんだけど、まあ先輩たちの読む速さが凄くてね、あれはもう本の亡霊にでも取りつかれてるレベルだ」

「洞野君は文芸部に入っているの?」

「ま、まあ一応」

「一応?」


 どうやら、見落としていた。

 彼女は推理の方も鋭いらしかった。


「いやぁ、その、勝手に入れられたっていうか、ね?」

「勝手に、そうなの⁇」

「うん」

「なんだ、そうなの……」

「え?」

「本好きだったのかなって思って、ちょっとだけ残念」


 同志。

 私が欲していたのはそれだった。

 リア充にならぬとも、それを共有できる仲間が欲しい。


 だが、彼は少し間を開けて優しい声でこう言い放つ。


「僕でいいなら、全然話すけど……詳しいとは言えないかも知れないけれど、それなりに読んでるし……?」


 ありふれていた。

 でも、私がずっと求めていた口実を彼は持っていて、優しく言ってくれたのなら断る理由もあるはずもなく。


「——うん」


 言わずもがな、私はコクッと頷いていた。

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