第7話 「図書館の少女」 その7
——図書館。
教室二個分ほどの小さな場所のその隅で、本を並べているという口実を纏った彼女と僕。
隣り合わせで立つ姿は第三者から見れば、恋人同士のただの密会にしか見えないかもしれない。窓からは外部活の喜怒哀楽の怒鳴り声が聞こえ、廊下では無数に重なる雑談、明るかった太陽の光がだんだんと暗くなっていく。
自分たちも多分、その有象無象に混ざっていく何かであると僕は感じた。
「じゃあ——これとか知ってる?」
そこで僕が手に取ったのはライトノベル(通称ラノベ)。この高校の図書館にはなぜか、現代風のラノベも大量に置いてあり、教室の四分の一はその部類で埋められている。
「そーど、あーとおんらいん?」
彼女は首を傾げる。
どうやら、このような系統の本を読んだことがないのかもしれない。
「うん、読んだことない?」
「私、あんまりライトノベル読んだことなくて……」
「その感じじゃあんまり分からないかな……?」
「まあ、うん。そんなジャンルがあるってことは知ってたから、読もうかなとは思っていたんだけれど……」
「そっか……でもこれ、結構面白いんだよ。あんまり認められないのも事実だけれどこういう作品も難しかったりするし、凄い興味深いフィクションがあってなかなか読んで見るとね、面白い」
僕が手に持つ『SAO』を口を半開きで眺める彼女を見て、
「烏目さん、ほら」
「あ、うん——」
気の抜けた返事をし、ぱらぱらと数ページ。最初にあるイラストを不思議そうに見ている彼女の隣で、僕は作業を続けた。
今、手元にあるのはすべてラノベ。
電撃、MF、GA、スニーカー……ラノベ界隈では名を馳せるレーベルの種々様々な作品が本棚いっぱいに並べられており、初めてここに来た時にそのジャンルに魅了されて、一年近くはその系統の多くの作品を読んできた。借りるのは僕の性分には合わないため、ここでメモって書店に買いに行くのがこの頃の日課であることも事実である。
数分経って。
「——面白いね、これ! なんか想像しやすいし、戦闘描写とかあんまり読んだことないから新鮮だったけど、頭の中で浮かんできてなんか楽しい!」
微笑むように彼女は言った。
「でしょ、ちなみにそれはラノベ界では二番目に売れてる作品かな。すごいんだよ、アニメも人気で、ゲームとかもいっぱいあるし——作者さんはもうブランド化してるしね」
「川原、先生……ああ~~、これとかも?」
「そうそう、まあ読んだことないけれど絶対面白いと思うよ」
「ふ~~ん、じゃあ、洞野君のおすすめとかってある? ラノベの中だったら——?」
「ラノベの中で、か。女子に進めるならやっぱりハーレム系は嫌だよね——」
「はーれむ?」
おっと、僕は地雷を踏んでしまったかもしれない。
彼女は先ほど見た通りの不思議そうな顔でこちらを見つめる。ここでストレートに答えていいものかと、こんな純粋無垢でありそうな彼女に変なことを吹き込んでいいのかと、僕は逡巡する。
「あ、えっと——まあ……」
「なに?」
ばつが悪そうに目を逸らしても、彼女の好奇心は止められない。
仕方なく、ごにょごにょと耳打ちで説明すると、若干ひきつった顔でははー、と笑った。
「そ、そんなジャンルもあるんだ、ね……」
「あはは、一応男子向けではあるかな、あ、はは——」
これはちょっと痛手過ぎた。
どうやら、純粋というよりも苦手なのかもしれない。だからこそ、潜在的にこのラノベには手を出していなかったのだろう。要らぬことを吹き込んでしまったとため息をつく間、彼女は一冊の本を手に取った。
「いもうとさえ、いればいい……?」
彼女が手にしたのはガガ〇文庫から発刊されている、今年完結したヒューマンドラマ作品。妹バカの主人公が作家として、人間として成長する青春群像劇である。
「ああ、それは結構面白いよ、名前の割にちゃんとしてるし、途中途中のワインのとか食べ物の描写の仕方は凄い。作者さんの知識の多さを物凄く感じるよ」
「ふんふん——でも、絵が多めだね」
パラパラとページをめくり、彼女は真剣にそう言った。
「まあね、ちょっとあれなシーンもあるし、作家が主人公の作品だから基本的に頭がおかしい人物が多く出てくるんだよね——でも、恋愛のシーンなんかすごく泣けて面白いんだよ、実際僕も泣いちゃったし」
「恋愛……これもあんまり読まないかも」
「恋愛読まないの?」
「うん、なんだろ……私、リア充嫌いだし」
真顔の圧力は、つまりこういうことだろう。
あからさまに嫌そうな雰囲気を聞かずとも感じてしまう。
「……」
正直、何を言えばいいのかが分からなかった。
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