第5話 「部活という名の建前のただの集いに僕は赴く」 その5
「はい、枢木先輩」
「おお、ありがとう」
僕は枢木ゆりに吉村昭著の「ポーツマスの旗」を渡して、自席に着いた。
それもこれも僕自身、この部活には入ってもいないのに誰もこの状況を見ておかしいとは思わない。
僕は、この部活、文芸部に入部届を出していないのだ。つまり、この部活の部費を払っていないことになる。よって、これを誰も指摘しないということはここにいる先輩含め部員たちは皆、金持ちであるということだ。
まあ、とてもどうでもいい話だし。
僕にとっては嬉しいことばっかりだからな、さして問題でもない。
「証明完了、QED」
「どうした洞野兄、頭でも狂ったか?」
「——なんでもないっす……って、頭は狂ってないですよ」
「いやぁ、これは文芸部部長の魔眼に
「それは、先輩……ただの節穴ですね」
部室に沈黙が訪れる。
普段の活気を引き合いに出せば、この光景は明らかにおかしい。
「……今、なんて言った?」
「え?」
「だから、今……なんて言った?」
「あ、うんと。節穴?」
「ほほぉ、よもや貴様……そこまで……」
「って、ペンの持ち方間違ってます先輩! そんな某英雄王の映画二章での者真似なんてしないでください、僕の心臓が持ちません‼ え、待って、ちょ、そんな、ちかぅ、くぁあああああああ‼‼」
「ぁ、s」
「きさまぁ、我が魔眼を弄んでくれたその不敬、その身をもって償うがよいっ‼‼」
「ぎゃあああああああああああああああああああ⁉」
アニメの台詞を真似るなどいつまで中二病で頭のおかしい先輩なのだろうか。
——なんて考えている暇はなく。
気づけば、僕の腕はピクリとも動いていない。
「っは!」
後ろを向くと、僕の腕は佐々木由愛によってガッチリと固定されていた。さすがこの女、文芸部一の怪力の持ち主でスポーツが大の得意という噂はよく聞いている。握力は女子最高の54キロで男子も顔負けのバケモンである。
「由愛‼」
「っへ、これは面白そうだし、悪く思うなよ少年!」
「誰が少年だ、それに面白くもねぇ!」
そして、悪夢は再び。
繰り返し、繰り返し、繰り返す。
視界は黒ずみ、白く輝き、その交互のリズムが瞳の目の前で起きていた。薄れゆく聴覚に嗅覚。
そして、歩みが止まるほどに震えだす脚。
その元凶こそが、圧倒的かつ恐怖の象徴の瞳。
彼女、文芸部の怪女であり、その瞳を通せば真実か偽りかを理解できる能力を秘める真偽の漆眼を持っている。これを扱うことができるのは世界に彼女くらいしかいない、貴重価値であるのだ。
——なんて物語が世界のどこかに存在していると思うと世界も、この平和な世界もまた捨てたものではないのだろう。
「それで、彼もう泡吹いてますよ」
「ゆり、お前もしたいのか?」
「え、いいえ」
————☆
若干引き気味の同期の顔を見るのはさすがに私も心を痛めてしまう。ふと視線を変えてみれば——私の瞳をしっかりと捉えながら涙を流す四葉がいた。
「——え、え、よ、よんちゃん?」
「詩音せん、ぱい」
「は、はい!」
「ゆず、柚人に謝ってください!」
「へ?」
四葉の瞳は曇る。
じょじょに、灰色に、いやどちらかと言えば城に近いがそれは白目ではない。奥底に眠る怒りやら、悲しみが私に向けて一点に集中していく。
「こ、わい」
「あ?」
背が低い、そして可愛い。
そんないつも通り感じていた戯言も、今日はなぜだが浮かんでこない。いや、今日の朝は浮かんでいた。そして昼も、この部活が始まる前に追い駆けた時間も、始まった瞬間も、そして数分前でさえ。
今、この瞬間、私の価値観が変わる。
どこかのラブコメ小説で読んだかもしれない。彼女の姿がとあるヒロインの姿のように鮮烈に描かれていく。背は低めで小動物のような顔立ち。スタイルもすべて控えめで、小動物のような外見。だが、木刀を振り回し、その学校では不良のように恐れられていた虎の字を背負う女子高生。
それが、今。
私の前に立ち、上目遣いで睨む小さき女子高生。
誰もが羨む可愛さに身を包めた洞野四葉である。
「っだああああ‼‼」
「うっ!」
「ひゃ‼」
「っへ⁉」
———☆
目が覚めた途端、僕の頭には残酷さの塊の拳の鉄槌が落下した。
「うるさい、〇ねぇぇ‼‼‼‼‼‼‼」
「読めねえんだよ、ボケがァァ‼‼」
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