第5話 「部活という名の建前のただの集いに僕は赴く」 その6
怒りの双鉄槌は僕を粉砕した。
外は快晴なはずなのに、彼女たちの行動は天候すらも揺るがしたように見えてしまった。むしろ、この小さな部屋は揺るがすどころか、晴れから曇りに、曇りから雷に変えてしまっている。
「……」
そして、静謐が続いた。
例の二人は本に目を向け、部長は必死にパソコンに向かって指を動かし、由愛と四葉は普段通り今日出された宿題をこなしていた。そして、僕。部活にすら入っていない僕は、いい加減この部室に残る必要もない。
「ふぅ……」
ゆっくりと息を吐き、取り出した水筒の中身を飲み干してそれを元の場所へしまう。
喉に染みた麦茶の独特な雰囲気と冷たさは僕の気分を落ち着かせる。
そんな深みにハマると僕は、パッと席を立った。
「じゃ、僕、勉強したいので帰ります」
ふと口にした言葉。
その瞬間、彼女たちが僕に視線を向けた。
ギクッと震えた肩を何とか抑えて考える。何も、おかしなことはしていない。なぜなら僕は部活に入ってはいない。それに、こんなおかしい部活に入りたくもないしな——故にここで帰ってもノルマをこなす必要がないため、怒られる理由はないのだ。
「……ん?」
「いや、もう帰るのか?」
福原部長が不思議そうな顔で口を開いた。
「はい、どうかしました?」
「早すぎないか、なんかあるのか?」
「いえ、別に何も」
途端に増えだす眼差しの圧。目力のというのは口先だけでは語りきれない、なんて言葉がすぐさま浮かんできた。
「僕、部活には入ってませんし、ただ四葉について来てるだけなんで」
さらに、静寂。
この静かさはシラケなのではとも思い始めて、顔が熱くなるのを感じる。え? なんだろうか、僕が何か間違っているのか……どういうことだろう。
だが、まったくと言っていいほどこの状況は掴めない。
「おま、え……」
瞼を閉じてやれやれとすると、にまッと笑い出した先輩こと我が部の部長は本棚をごそごそと探し出す。
「部長?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
ごそごそしだして、ほんの数分。あっという間に先輩はとあるファイルを僕の目の前に突き出した。
それを手に取り、一枚二枚と中身を取り出すし読みあげる。
「入部届、ほかんよ、う」
「ああ、それらはうちの部活の今年度の部活動入部届だ」
「え、はい? それでこれが……」
僕が疑問を口にすると、先輩の不敵な笑みはさらに増す。
「おま……ば、か?」
ニコニコと人を嘲笑う視線というのを感じたのは初めてだが、最高に腹が立ったのは間違えがない。こいつ、いや変態部長の鼻、へし曲げてやろうか。
「なんすか」
「いや、お前がまだそんなこと言ってるのが、最高におもしろくてなぁ……」
笑いは止まらない。
「おい」
「柚人、あんたまだ知らないの?」
「え?」
先輩の笑いに怒りを込み上げさせている最中、由愛の横やりが僕の脇腹に命中した。
「ほら!」
「ん?」
すると、四葉の肩がブルん! と大きく揺れる。その異常な動きを横目に僕は渡された一枚の普通の紙に目を向ける。
「入部届、4月2日、貴殿は学校生活をよりよりものとするために本学文芸部に入ることを希望した。よって、学校長富沢ひとみがそれを許可する。令和2年4月3日……」
「クスっ!」
「あ、ぁ」
「?」
再び、静寂がこの部室を支配する。
そして、その静けさの中。僕は顔を上げて深呼吸、さらに辺りを見回す。見えてきたのは腕を組んで胸を強調する佐々木由愛に、本を黙々と読み続ける先輩二人。クスクスと今にも腹を抱えて笑い出しそうなおかしな先輩一人に、部室のドアに手を掛けている四葉。
念のためもう一度、視線を落として文章を読むと、書いてあることは変わりはしなかった。同じ明朝体の文章が安っぽいA4の用紙1枚に堂々と書かれていた。
「こ、れは?」
僕は逃避する。
「これは?」
由愛は復唱する。
「だから、これは?」
もう一度、僕が修飾して復唱する。
「だから、見れば?」
そして、得た答えは最後の3文字だった。文字通り、さらに一回視線を落とす。書いてある言葉、文章、様式はすべて一緒。それでもやはり、僕には、
「見た、けど……」
「はぁ……」
やれやれとしたのは、今度は由愛だった。
「あのね、あんたはこの部活に入部してるのよ」
「え?」
意味不明。
「え? なんて?」
頭に出てきた4文字につられて、もう一度聞いてしまう。
「あんたは、この部活に入ったのよ」
そして、本日3度目の静謐の中。
「————え、え、ええええええええええええええええええええええええ⁉」
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