第5話 「部活という名の建前のただの集いに僕は赴く」 その3


「それで~~、先輩は興奮してしまったと……」

「……はいぃ」

「ダメですね、その興奮癖も直していただかないと、せっかく美貌美顔の持ち主なんだから、先輩も大人にならねば生きてはいけないぜよ?」


 途端の土佐弁には目もくれず、後輩に正座させられている福原詩音が無様にもほどがある。ナマケモノですら驚くほどに見っともない。僕の隣でへばっている四葉すらも揺れる瞼の奥の瞳に若干の引き様が見えてしまう。


「先輩、僕からも言っときますけどね」

「?」

「もったいない」


 自分自身、空かした台詞に多少の引きを感じながら、そんな感情を覆いかぶせていくかのように先輩が口を挟んでこう言った。


 だが、予想は外れる。


「だれがぁ――――もったい、ないん、じゃああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼」


「「「「!?」」」」


 その凄まじい眼光に、衝撃波を放つ膨大な声量が僕たち四人を囲うように広がった。驚きのあまり、腰を抜かした四葉を横目に僕も喉を震わせる。


「な、なな……なんですかっ?」

「え、あ、はあ、そ、のぉ」


 いきなりの自分自身の行動に、先輩すらも慌てふためくのが目に映る。あたふたと揺れる彼女は可愛いが——やはり気持ち悪い。


「先輩、いい加減にしてください。もう、我慢できません……」


 やれやれと首を振るのは同期の佐々木由愛ささきゆめ。大きな胸と重力で下へ引き寄される超絶ロングのバーガンティ色の髪は滑らかさと艶を照り光らせていた。

 ぐねりと広がる曲線美、その一つ一つが先輩とは違った美しさを醸し出す。


「ああ、僕も同感です。だいたい、勿体ないって言うのは合理的だと思うんですがね」

「そうね、私もそう思う」

「っな!」

「……」


 北極の地がそこにあるかのような瞳の色彩は鮮やかではあった。だが、それ以上に僕らが部長を見る瞳の色の方が強いとは思う。さすがに、見つめた先の部長に同情の念が浮かんでいく。


「ごめんなさい……、ちょっと興奮してしまって」

「まったく、言ったそばからですよ?」

「うう、ごめんなさい」

「それで? 勿体ないとかなんとかって、何?」

「由愛の言うとおりだ、なんすか、一体?」


 僕が尋ねると、顔色が少し変わった。

 それも、明るめに。


「いやあ、だってさぁ、柚人って一緒に住んでるやん? 四葉ちゃんと、だから、羨ましいし……」

「はい、もったいないんすか、それが?」


 後ろから、チクッと突き刺す視線を感じる。


「そ、れが⁉ うらやましいじゃん、四葉ちゃんと一緒だよ? 同じ屋根の下だよ? 勿体ないじゃん! なんもないなんて、勿体ないじゃん‼」

「はいはい、んで、そこに何の勿体ない要素があるんですか?」

「んなっ!」

「ん、どうした四葉?」

「……なんでもなぃ、ぇす」

「おお、そうか」


 股をスリスリして、身を捩ってもじもじと下を向く四葉。

 その理由が僕には分からないが、頬は桃色に染まっていた。


「って、じゃなくて!」

「いやあぁ、うらやましいもん、柚人には分からないよ」

「分からないってな……今は妹だし、特にそんな思いはな……」


 嘘。

 空虚で愚かな嘘だと、僕は自覚していた。

 屋根の下で思う繊細な気持ちに気づかない、なんて鈍感ぶりを見せられるような天然な人間ではない。彼女のその気持ちにも、僕はピンとくるものがあった。


 でも、だけれども。


 そこで表に出していけるほどに、両想いの事実があるからって目の前に出していけるほどに、器用な人間でもないのだ。

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