8日目

 朝、アイラはベットから起きると一人で着替えもせず裸足で部屋を出た。

薄暗い廊下に人はいない。昨日、全員解雇したからだ。

 途中のベランダの扉を開けた。外は晴天だが、雪が積もっていた。

アイラは素足でその雪に踏み入れた。足の裏にじんわりと冷たさが伝わり、やがて痛みとなった。

(不思議だわ、この痛みが今は苦に感じないなんて)

深く、朝の空気を吸うと、冷たい風が吹いてアイラは中へ戻った。

(まだ、痛い…)

赤くなった足の雪を手で払って立ち上がる。

「たしか、タオルは下の階にあったわね」

 カーペットのふかふかとした感触を楽しみながらアイラは大階段を降りていく。

「あっおはようございます!陛下!」

下へ降りるとロセスとモーレンジィが食事を運んでいる所だった。

「申し訳ありません、起こしに伺うところを、手が足りておりませんでしたので」

「それより、貴方たちが何故まだメイドをしているのか説明して欲しいわ」

「私ですよ、お姉さま」

廊下の奥から紅茶のポットをスキレンが運んできた。

「こんなに大きなお屋敷ですもの、さすがに二人では手に余りますわ」

「おはようございます、陛下」

アイラの後ろからニルスがやってきた。

「なので、お姉さまが解雇なさった彼らを私が改めて雇いましたの」

ニルスはスキレンにも頭を下げると彼女が持っていた紅茶のポットを持った。

「では、お食事を。お姉さまも早くお着替えになって」

「そ、そうね。皆先に待っていて、着替えてくるから」

「あ!それでしたら私が!」

「いいのよモーレンジィ。もう私は貴方の主人じゃない。友人として待っていて」

そういうとアイラは自分の衣装部屋へと向かった。


 女王の衣装部屋はかなりの広さだったが、アイラは自分専用の衣装部屋を用意していた。今日一日、最後の休日、着るべき服はどれか。

「そうね、これにしようかな」


 スキレン達は普段、王族が使用するダイニングではなく、来賓用の部屋に食事を並べた。食事といってもコックのスペイバーンが不在の為、出来るものはサンドイッチだけだった。

「スペイバーンさんが陛下の為にコーンスープを作り置きしていて本当に助かりました」

ハイテーブルにスキレンはコーンスープを並べていく。


「私達、皆お料理は不得意ですもの」



 「待たせたわね」

丁度支度が終わる頃、アイラが戻ってきた。

「お姉さま、その恰好は?」

アイラはドレスではなく、乗馬用の恰好でやって来た。

「見ての通りよ。さ、食べましょ」


 「本当に乗るのですか?」

スキレンが心配そうにする中、アイラは芦毛の馬に跨っていた。

「そうよ。その為にウィンザーを残して貰ったんだから」

王宮の玄関前はいつも馬の足音が止まなかったが、今日はこのウィンザーの蹄鉄の音だけが響いていた。

「ニルスを連れて行くから大丈夫よ。庭園の道は積もってもいないし凍ってもいないみたいだから。衛兵はまだいるし、向こうの噴水まで回ってくるだけよ」

「そう、ですか…ご無理をなさらずお姉さま」

「ありがとう。でもこれだけは行く前にしたかったの」


 アイラはニルスを自身の前に座らせてウィンザーを進ませた。雪国の特別な馬種であるウィンザーは雪や氷をものともせず歩いていった。

「やり残した事が乗馬なんて、変かしらね」

「その様なことはございません」

「そうね。今日がいい天気で良かった」

馬上から見る一面の銀世界にアイラは深呼吸をした。


「私、旅をしたかった」


「何処へでございますか?」

「目的地なんかないわ。ここでは無い所へ行くの」

「なぜ?」

「特別な理由ではないわ。ただ、世界を歩いて見て感じたいだけ」

青い空をアイラは見上げた。

「あの上にいる鳥わかる?」

「遠くてわかりませんな」

「私はあの鳥みたく自由に飛べたらなっていつも思ってた。窮屈な宮廷生活はもう飽き飽きだって母上に良く悪態をついていたわ」

宮殿庭園の大きな噴水まで来るとニルスを抱きかかえてウィンザーから降りた。

「子供の時はこの噴水を海に見立てて遊んでいたわ」

アイラは懐かしむように噴水を見ていた。春夏秋冬で家族が憩う場所の象徴だった。

「外の世界がどうなっているのか気になって仕方がなかった。目の前の恵まれたものを見ようともしないで我儘に泣きわめいていたの」

今は水が止められ氷の張った円形の噴水の淵を回るように歩いていく。

「でも、それが許される事は無かった。当たり前よね…唯一、許されたのが乗馬だったの」

一周すると待っていたウィンザーが鼻を鳴らした。

「そうね、少し冷えるわ。帰りましょう」

アイラは再びニルスと共に乗馬し来た道をゆっくりと行った。

寒い風が吹き、アイラ頬を撫でた。

「この寒さが、全てを奪い去ってしまえばいいのに…何もかも氷に閉じ込めて…」

アイラが小さく呟くのをニルスはじっと聴いていた。

「寒いのはごめんですな」

「ペンギンなのに?」

「えぇ、それに鳥になるというのも不自由が多くて困ります」

「貴方が言うと説得力があるわね」

「空は飛べませんがね」


アイラは少し笑った。


玄関の前ではスキレン達が待っていた。




 



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