第178話:異世界賢者は友達ができる①
「ああ、まあな」
島国であるリーシェル公国の住民であれば、この歳まで海の経験がないのは考えづらいのだろう。今のタイミングで尋ねてきたのは、出会ってすぐでは聞きづらかったのかもしれない。
「どこから来たんだ?」
「オズワルド王国だ」
隠す必要もないので、正直に答える。
「オズワルド……えらく遠いとこから来たんだなあ」
二千キロといえば……日本の東京から台湾の台北くらいまでの距離なので、飛行機がないこの世界基準で考えればかなりの長距離移動だ。
アルフレッドが驚くのも無理なかった。
「と言っても、出発したのは一昨日だからな。遠いっちゃ遠いが、そんなに遠いって感覚はないよ」
「は!? 一昨日!?」
あ、距離だけじゃなく移動時間も常識からはズレてたんだったな。
「まあ、そこにいるスイとアースの背中に乗ってな。空の移動だと思ってるよりは近いんだ」
眠そうに並んで休んでいる二体の竜を見ながら言う。
「なんかよくわかんねえけど、すごいことだけはわかるぜ……。おっと、じゃあ最近話題になってる賢者のことも知ってるのか? ほら、魔族をバッタバッタと倒したっていう。確か名前は……」
そこまで言って、アルフレッドの言葉が止まった。
「お前と同じじゃん! まさか本人ってことはねえ……よな?」
気づかれてしまったか。
まあ……正式に入国しているのだから、名前に関してもまったく隠す必要はない。変に誤魔化しても怪しまれるだけだろう。
「その通りだと言ったら?」
「ただただすげえ……ってなるな。それに、ユーキが本当に噂の賢者だとしたら色々と納得できる」
お遊びではあったが、一緒に勝負をした仲ゆえにわかることもあるのだろう。俺自身がそう感じているので、アルフレッドの気持ちは理解できる。
「まさか、本当に?」
俺は、静かにこくりと頷いた。
すっげええええええ!!」
大袈裟に感激するアルフレッド。
「でも、噂は大分誇張されてると思うぞ?」
多数の人間を介して二千キロの距離の情報が伝わったのだから、事実とは離れてしまっていることは十分に考えられる。
もちろん新聞などの文字媒体もあるが、全ての情報は王国内ですらも公開していない。
足りない情報を想像で補い、その解釈の違いからがデマを生むのはよくあることなのだ。
「確かな。となると……剣と魔法を両方駆使して魔族を倒したり、セルベール王を処刑したり、『大公爵』になって貴族の汚職をやめさせたり、ヴィラーズ帝国のクーデターを解決しちまったり……ってのはどこまで本当なんだ?」
こいつ、結構詳しいな。それだけ俺は今注目されているということか。
「それは全部本当だ。事実ベースに認識の違いはないと思う」
「おおっ、じゃあやっぱめちゃくちゃすげえじゃねえか!」
そうなるのか……?
誇張されているかと思いきや、意外にも誇張されていなかったな。原因は不明だが……事実だけでもそこそこのインパクトがあったからなのだろうか。
「ん、でもなんで噂の賢者様が来てるんだ? 観光とかか?」
当然の疑問である。他国の要人が用もなく国境を跨ぐケースは少ない。
これに関しては話せることは少ないので、できれば触れてほしくなかったのだが……仕方ない。
「王国から離れた勇者の様子を見に来たんだ。ついでに観光って感じだな」
答えた後、続けてアルフレッドの言葉の中で気になったことを一点。
「それと、『賢者様』はやめてくれ」
「ん?」
「なんていうか、急によそよそしくなる気がしてな」
「ああ、そうか。そうだな。すまなかった」
初めからその立場として接していればなんとも思わないのだが、急に態度が変わってしまうと寂しく感じる。
「俺たち友達だもんな。様付けはおかしいもんな」
ん、友達……?
友達なのか……?
確かに、今日出会ったばかりとはいえ、これまで異世界で出会った誰よりも話が弾んでいるし、腹を割って話せている気がする。
アレリアたちとはもちろんこれ以上の仲だが、友達って感じではないし、アリスも彼女の気持ち次第では『友達』という認識ではいられないかもしれない。レグルスに関しては歳が離れていることもあり、友達というよりはパートナーという感じだ。
前世でも、長らく友達という存在が不在だった。
大学を卒業してからは社内以外の人間と話すことはほぼなかった。
俺にとって同僚はあくまでも同僚であり、友達と呼べる存在ではなかった。
結局のところ、仕事上のメリットがあるから仲良くしていただけだったのだろう。
事実、俺が会社をクビになってからは誰からも連絡がなかったしな。
それが悪いわけではないが、そういうものなのだ。
俺とアルフレッドの仲は友達という呼び方が一番しっくりくる。
ふとアルフレッドを見ると、少し不安気な目をしている。さっきの言葉は、俺にとっても友達なのかどうか、確かめる意図があったのかもしれない。
「ああ、友達だからな」
そう答えると、アルフレッドはホッとしたような表情になった。
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