第177話:異世界賢者は怒られる②

 こ、こいつ何考えてるんだ……?


 ビンタなんて、学生時代に親父にされて以来だぞ……?


「てめえ、ユーキ! 彼女がどれだけ勇気出してプロポーズしたかわかってんのか! ああ?」


「……!」


「相手から好かれてて、てめえも好きなんだろうが! しかも譲れねえ理由も浅いときた。故郷がなんだ? 故郷抜け出してんじゃねえか。ならどこに迷う要素があるんだ? 男なら全員受け入れてやれよっ!」


 まさか、今日出会ったばかりの相手からここまで怒られるとはな……。


 大人になってからは、本気で俺のためを思って怒ってくれる人なんて一人もいなかった。


「……確かに言われてみれば酷いことしてるな」


「ま、悪気がないことだけは伝わってくるがな。……だが、それがむしろタチの悪さに拍車をかけてるんだ。冷静に考えてみろ、ユーキはよりどりみどりかもしれんが、彼女たちにとってはコンペにかけられてるみたいなもんだぞ」


 コンペか……。確かに、客観的にみればそうかもしれない。


「確かにな。一人に決めて二人には断るか。全員受け入れるか。ハッキリさせないと失礼だよな」


「わかりゃいいんだ。んで、俺のおすすめはやっぱ全員と結婚ルートだな」


 怒りをスッと沈め、笑顔になるアルフレッド。


「ま、即決する必要はねえ。よく考えることだ」


「ああ……そうだな」


 人生を左右する問題。安易にじゃあ全員と結婚しますと簡単に言うことはできないが、俺自身が固定観念で凝り固まっていたことは反省し、見直す必要がある。その上でどう結論を出すか——はまた別の話。


「おっと、それと……付き合ってるのは三人と言ってたな?」


「その通りだ。何か気になることがあるのか?」


「うむ。これは俺の勘だが……アリスって子も多分お前のこと好きだぞ」


 何をバカなことを。今度は俺をからかっているのか? と頭によぎったが、アルフレッドの表情は真剣そのものだった。


「え、それ本当なのか……?」


「あくまで勘だがな。でもまあ、見てりゃ色々わかる」


 アリスとは良い友達だとしか思っていなかったのだが、まさかそんな風に思われていたとはな。いや、まあ……本人に確認したわけではないので事実かどうかは不明なのだが。


 とはいえ、第三者から見てそのように見えるというのは気になるところ。


「どうしてそう思う?」


「勘だって言ったろ? 目線、話し方、雰囲気……全部を総合的に見て感じたってことだ。なんとも思ってなきゃイチャラブパーティで自分だけ違うなんて居心地悪いはずだぜ。普通は離れていく」


 アレリア、ミーシャ、アリスは姉妹ということもあり俺たちのパーティはやや変速的なので居心地に関してはわからない。だが、言われてみればそうかもな、と思わされる説得力はあった。


「多分、遠慮してんじゃねえか?」


「遠慮?」


「自分以外の三人がユーキを狙ってて、ユーキはその中の一人しか選ばない。先にアプローチをかけてる仲間に勝つ自信がなきゃ、関係を壊すかもしれないリスクを背負うのは重すぎる。そういう乙女心ってやつだろうな」


「なるほど、そういうこともあるのか」


 とはいえ、今の話はアリスが俺のことを好きである前提。アリスはなんとも思っていない可能性だってある。


「もうちょっと気にかけてみるよ」


「おう、それがいい」


 アルフレッドはそう言うと、今度は俺に頭を下げた。


「さっきはビンタして悪かったな」


 ああ……気にしていたのか。


「いいよ、全然。他に伝える方法がなかったんだろ?」


 暴力は悪と思われがちだが、必ずしもそうではない。優しい言葉でやんわりと説明されても、俺は真剣に捉えなかった気がする。


「ああ、ついついな。俺バカだから、他に良いやり方が思いつかなくてな」


 本当にバカな人間は自分のことをバカだと認識できない。もちろんバカと自己認識している≠賢いだが、少なくともアルフレッドはバカではない。


 しばらくして、アルフレッドは思い出したように俺に尋ねた。


「そういや、海は初めてだと言ってたが……旅でもしてるのか?」

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