第175話:異世界賢者は勝負する③
負けの経験から膨大な経験値を得て、臨機応変に的確な作戦を立てることで改善する——なかなか手強そうだ。
とはいえ、俺たちだってこのラリーで得たものはある。
俺はサーブ位置につき、さっきと同じ要領で打ち込んだ。ただし、今回はなるべくアルフレッドから離れた位置を狙った。アルフレッドはコートの中央にいたため、打ち込んだのは後方の端。
「かかったな! そうくるだろうと思ってたんだ!」
「……!?」
ボールの落下地点には、背の小さいアルフレッドの仲間が一人。アルフレッドを避ければ良いと思っていたが、違うのか?
アルフレッドの仲間は、落ち着いた様子で右手を突き出した。すると、何かの魔法をかけたのだろうか。球速がみるみるうちに落ちてしまう。
軽々とレシーブ、トスを繋げられてしまい、三手目のスパイクはアルフレッドに渡ってしまう。
「俺はこれが一番得意なんだぜ!」
パアアアアンッ!!
——と甲高い音。
ボールはブロックを仕掛けたアレリアの隣をすり抜けてしまう。
くっ、位置的に誰も間に合わない!
ボールはコートの端ギリギリに着地。一点を奪い返されてしまった。
「す、すみません……」
申し訳なさそうにするアレリア。
「いや、アレリアのせいじゃない。あれはさすがに相手が一枚上手だったな」
誰が悪いわけでもないが、あえて誰かに責任があるとするなら——特殊能力ありの異世界で、前世日本のセオリーを持ち出して作戦を立てた俺が悪い。
「なんとか、挽回しないとな……」
最初は気乗りしなかったアルフレッドたちとの『遊び』だが、いつの間にか完全にのめり込んでいた。
絶対にこの勝負……勝ってやる。俺は勝利に固執し、ひたすら一度のラリーで吸収&改善を繰り返した。
その結果——
二十点対十九点で俺たちはリードすることができた。
あと一点取ることができれば、このセットを取ることができる。この調子で二セット先取してやろう。
そんな気持ちで俺はサーブ位置に着く。
地道な改善サイクルで得た知見の集大成をぶつける時がきた。
俺は呼吸を整え、ボールを打ち上げる。
目線、身体の動きから落下位置を推測できないようギリギリのところで身体を捻り、逆向きにサーブを打った。
少し卑怯な気もするが、これも作戦のうちだろう。
「ちっ、小細工を……! そんなものでどうにかなると思ったら——!」
叫びながら、初めてのラリーのように頭から砂浜に突っ込むアルフレッド。
レシーブに成功したと思われたが——
「なに!?」
ボールはまっすぐ上に飛ぶのではなく、角度をつけて打ち上がった。
ふわっとした緩いボールがこちらのコートへ返される。
俺はジャンプし、サーブを打った位置から一直線でボールに向かう。
パアアアアアンン!
ほぼスパイクのようなブロックを成功させ、勝利の一点を掴んだのだった。
今回のラリーのアルフレッドの動きは全て想定通り。最初の撹乱はボールの回転方向を誤魔化すためのカモフラージュ。真の狙いは、返ってきたボールを打ち返すことにあったのである。
「ユーキ、さすがです〜!」
「やっぱりユーキはすごいわ!」
「大事なときにちゃんと成功させるってすごいことだよ!」
「ユーキ天才」
アレリア、アイナ、ミーシャ、アリスの全員から絶賛の嵐。完璧なる作戦勝ち。我ながらよくできたと思う。ベタ褒めも素直に嬉しかった。
だが、この一点から気が抜けてしまったのかもしれない。
「まだ勝負は終わってねえんだぜ」
アルフレッドは悔しがる様子もなく、そんなことを言う。
そして、第二セットが始まった。
取って取られての接戦が続き——
十八点対二十点で俺たちが二点のビハインドを取られてしまった。
あと一点でこのセットを失ってしまう。そうなれば三セット目に突入することになる。それは避けたい。
正直なところ、試合を続ける中でだんだんと小細工が通用しなくなってきていることに悩んでいた。
俺が必死に考えた作戦も一度目は通用するが、二度目は対策されて使えなくなってしまう。技術では負けているため、頭を使うしかないのだが……ネタが尽きてきているのだ。
もう一セット……となると厳しい。
俺たちが勝つには、短期決戦しかありえない。二セット目を取れなければ、負けてしまう。
なんとしてでも点を取らないと……。
頭をフル回転させて作戦を練った。
「じゃ、いくぜ」
アルフレッドが宣言し、サーブを放ってくる。
コートの端そ狙って打ち込まれたボールをミーシャが拾い、アイナに繋がる。そして、最後に俺が叩き込む——!
ボールが落ちた先は、アルフレッドの腕の目の前。どこに落としても拾われるので、せめて三手目が渡らないようにするのが最善。
俺の狙い通り、アルフレッドがボールを打ち上げた。
打ち返されたボールが俺たちのコートへ。アリスが綺麗にレシーブを最高させ、ミーシャが四メートルもの高いトス。
俺はジャンプし、スパイクを狙う。だが、これではあまりにも普通。想像しえないことをしなければ裏を掻くことはできない。
俺は空中で身を翻し、地面に落ちる格好になる。これでは打ち返すことはできない——と思わせ、足で相手コートへ打ち返した。
パアアンンッッ!!
脳内でしっかりとした空間認識ができていれば、実際にボールを見ることなく相手コートへ正確に打ち返すことはそう難しくない。
そして、ビーチバレーは足を使ってはいけない——というルールはない。
俺の狙い通り急角度をつけてボールは落ちていく。
これで一瞬の怯みが生まれれば——
と淡い期待を抱くが、ニィ……と笑ったアルフレッドが足で落下直前のボールを打ち上げた。
そして、見事に返されてしまう。
作戦は失敗。
だが、まだ勝負がついたわけではない。ここでラリーを続けてどうにか一点を取れば……と思いブロックを試みる——
だが、俺が返したボールの落下地点は相手コート外。
最重要の一点を取られてしまい、二セット目は敗北。三セット目に途中することとなった。
「もうあのくらいしかできることはないってわかってたからな。予想しやすかったぜ」
アルフレッドから余裕の表情でそんなことを言われてしまった。
それから三セット目が始まるが——
十点対二十一点の大敗で勝負は幕を閉じてしまった。
お遊びではあるが、ある意味では異世界に来て初めての明確な敗北。なかなかにくるものがある。
その直後だった。
《『魔剣ベルセルク』の自動修復に成功しました! 修復率35%》
《『聖剣エクスカリバー』の自動修復に成功しました! 修復率35%》
脳内に響く、例の機械音声。
アイテムスロットにしまったままなのだが、この中で勝手に修復されたらしい。
ついこの前、魔人との戦いの後に聞いたばかりだが……ううむ、どういう基準なのかまったくわからない。
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