第170話:二人の勇者は再会する

 ◇


 ユーキが王宮を出た後、ファブリスは行政区内の住まいに戻った。


 玄関扉を閉めた後、盗み聞きされていないか耳を澄ませる。


 監視がないことを確認して、玄関を上がった。


「ただいま、ハニー」


 ファブリスがそう声に出すと——


「おかえりなさい、ファブリス♡」


 返事に応えたのは、回復の勇者——シーリ・ガルティエ。甘い声を出すと同時にファブリスの胸に飛び込んだ。


 ファブリスはニヤつき、シーリの頭を優しく撫でる。


 七人の勇者は、オズワルド王国の前国王セルベールと一緒に断罪され、一人ずつバラバラに他国に追放された。


 リーシェル公国にはファブリスが送られ、シーリはシーゲル帝国に送られた。近い国同士とはいえ二国間には当然ながら海を隔てた国境があるし、なにより行動の自由を制限されている。


 ここにシーリの姿があるのは、客観的におかしな状況である。


 きっかけは二週間前に遡る。


 魔法の勇者ルーラが寄越した闇の司祭——ヘルヘイムの信者に手紙を渡され、快諾の返答を伝えてから三日後。


 突如としてファブリスの部屋にシーリが転移してきたのだった。


 ——禁忌魔法の一つ、転移魔法。


 莫大な魔力を一点に集中させ、強引にこじ開けることで現在地と任意の地点とを結ぶ魔法である。シーリもまた勇者ルーラの使いと接触しており、渡された魔道具を使って転移魔法を発動した。


 こうして移動した先がファブリスの住まいということである。


「シーリ、こんな狭い場所に閉じ込めて悪いな。だが、後少しの辛抱だ」


 シーリがシーゲル帝国から転移してきたのは十日前。二人の足りない頭でも、行方を眩ませたことはすぐに発覚し、近いうちに国を跨った大捜索が始まることは理解している。


 自由のための次なる一手は既に考えていた。


 ……というよりも、真の自由を手に入れるためには、ファブリスだけでも、シーリだけでも力が足りなかった。


 二人が揃い、力を合わせることで目的を叶えることができる。


「マツサキ・ユーキ……俺の勝ちだ。せいぜい首を洗って待ってろ……地獄の苦しみを与えた後、始末してやる」


 ファブリスの実力なら、国王グラノールを殺すことで国を乗っ取ることは可能。掃除を装って既に王宮に入り込み、情報収集を始めている。


 ユーキを始末すれば、あとはどうにでもなるという確信があった。


 勇者としての立場を取り戻せば、地位と名誉と金が手に入る。


 目的のために一時的に更生を演じるのは苦ではなかった。


 チリンチリン。


 呼び鈴の音。


「ん、ちょっと隠れていてくれ」


 シーリをクローゼットの中に隠してファブリスは玄関へ。


 扉を開ける。


 すると、そこには以前接触してきたのと同じ黒装束の闇の司祭。


「これを受け取れ」


 司祭……ヘルヘイムの信者がファブリスに渡したのは、禍々しい黒色の液体が入った小瓶。一見ポーションのようにも見えるが、明らかに体に悪そうだ。


「やっと全ての準備が整ったか……!」


 不敵な笑みを浮かべるファブリス。その笑顔は、無邪気なものではなく邪気に染まったものだった。


「リオン村でのテストデータを渡しておく。想定通りやられはしたが、面白い情報が手に入った。マツサキ・ユーキの弱点。これさえ突けば負けるはないだろう。健闘を祈る」


 そう言いながら、手紙を渡す闇の司祭。


「ああ、任せておけ」


 そう言い、ファブリスはやり取りを終えた。


 部屋に戻り、ユーキの弱点が書かれた資料を確認する。


「なるほど……これならプラン次第でステータス差を覆せる。それに、ステータスもこいつがあれば……ふっ」


「楽しそうね、ファブリス♡」


「ああ、楽しいさ。喜べシーリ、やっと自由を取り戻す時がきた。俺の計画をよく聞け。この通りやれば絶対に上手くいく。絶対だ」


 数日後に決行する予定の計画をシーリに伝えるファブリス。


「上手くいった暁には……」


「ああ、結婚しよう」


 二人は約束を交わし、時が来るのを待つのだった。

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