第69話:誤解されたんだが

 ◇


 かつてのロイジウス領は小さい領地ながら豊かな土に恵まれ、たくさんの農産物が取れた地域だった。

 ちなみに、この領地には人が住んでいるのはロイジウス村しか存在しない。

 豊かな土地には魔物も集まりやすいので、居住できる場所がかなり限定されてしまうのだ。


「ここが村です……よね」


「私たち道を間違ったんじゃ……」


「ここで間違いないし、王都に届いた情報によれば廃村ではないはずだ」


 人が住んでいるとは思えないほど、ロイジウス村は荒廃していた。

 家屋は砂を被り、街頭樹は枯れ果て、畑は手入れすら放棄されている。軽く世紀末だ。


 俺たちが村を呆然と眺めていると、建物から村人らしき老人が出てきた。


「あっ、人がいます!」


「ちょっと話を聞いてみるか」


 視察は明日から始める予定だったが、状況が状況だけにそんなことをしている余裕はない。

 あと、バカンスはさすがに無理そうだな。


 濡れることを厭わず雨を浴びている老人を見るに、日照りは本当に酷かったらしい。


「どうも」


「見ない顔じゃの……?」


「俺たちは王都から要請を受けて来たんだ。ここ最近日照りが続いていると聞いてな。ここまで酷いとは思わなかったが……」


「そうか……ようやく助けが来てくれたか……」


「遅くなってすまなかったな。しかし数日でここまでになるってのはどういうことなんだ?」


「全てはあの……ボンクラ領主が悪いんじゃ!」


「領主が?」


 資料によれば、ロイジウス領は十年ほど前に領主が交代している。

 といっても貴族が領地を経営するため父から息子へ世代交代するのは普通のことだ。それに、十年も前のことなら、よほどのことをしない限りここまで悪化するすることはないはずだ。


 そもそも日照りは自然災害みたいなもの。普通に考えれば領主の責任ではないはずなのだが。

 暑さに頭がやられてしまったのか……それとも、何か他に事情があるのか?


「先代領主様は本当に素晴らしい方だった。それなのに、後継の息子ときたら……」


「といっても領主交代は十年も前の話だろ?」


「そうじゃが、頼りない新領主に代わって統治されていたのじゃ。二ヶ月前、先代様が亡くなってから何をしたと思う?」


「……わからん」


「そうじゃろうな。……あろうことか、あのアホ領主は森を切り崩して領地を広げようとしたのじゃ!」


「はぁ」


 ロイジウス領はただでさえ小さい。その一部である村の面積も比例して小さいということを考えれば、少しでも大きくしようと考えるのは自然なことのように思う。


 ただし、なぜこれまで拡大しなかったのか——という部分まで考えるべきではあるだろうが。


「王都の者がわからぬのは仕方がない。ロイジウス領の豊かな恵みは全て『黄眼の翼竜』様によるものじゃった。森は竜神様のものじゃと止めてもあのボンクラ領主は聞かなかったのじゃ」


 この手の話は転生前にも聞いたことがあったな。

 工事のため地蔵を動かそうとした者が呪われて怪我や病気をしたりといった類の都市伝説。

 証明のしようがないから都市伝説なのだが——


「つまり、『黄眼の翼竜』様に機嫌を戻してもらわないと根本的に解決することはないってことか」


「お主……やけに飲み込みが早いんじゃの。村の者以外は信じないんじゃが……」


「まあ、似たような竜は知ってるからな。色違いがいてもおかしくはないだろうと思っただけだ」


「他にも竜がおるのか……?」


「ん、まあな。少なくとも一匹は知ってる」


 眠そうに俺の方であくびをしているスイに目を向けた。

 疲れたらしいのでいつものように飛ばさずに一休みさせている。


「むむ……世界は広いの」


「まあな。それで、その竜ってのはどこにいるんだ?」


「ロイジウス森林の深くに……って、まさかお主、行くんじゃなかろうな!」


「そのつもりだが、何か問題あるのか?」


「神竜様は人が近づくのを嫌われておる。もし怒らせればどんなことになるか……」


 俺は村人じゃないし、歴史を知らないのでどうなるかわからないが——


「現状がこれならこれ以上どう酷くなるんだ? 何もしなけりゃ干からびるぞ」


「いやしかし……民が毎日少ない食料を切り崩しお供えしておる。その甲斐あってこうして雨も降ってきたのじゃ。このまま耐え忍めばきっと元の通りになるはずなんじゃ……!」


 ああ……根本的な勘違いがここにあったみたいだな。

 これまでロイジウス村の民がどんなことをしてきたのかはわからないが、そんなことで怒りは収まっていない。


「雨を降らせたのは『黄眼の翼竜』じゃない。俺だぞ」


「……は?」


「……といっても信じられないのはわかってる。証拠を見せようじゃないか。今から少しだけ雨を止めて、そこからまた再開する」


 俺は一時的に『気候操作』で雨を止ませて、曇り空にした。

 雲が晴れてまた熱々の太陽が顔を出したところで、天候を雨にチェンジ。


「……と、こんな感じなんだが」


「あ……あわわわわ……もしやお主は……」


「まあ、ここまで見せればさすがに正体がバレちまったか。そう、俺は——」


「神竜様じゃったか!」


 ……え?

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