第68話:想像以上に酷い有様だったんだが

 ◇


 五属性の魔法書を全て使えるようになってしまったわけだが、今日から数日かけてやるべきことは日照りで疲弊した辺境領地の救済だ。


 目的地——ロイジウス領は移動だけでも普通なら一週間はかかる。だが、空の移動なら直線的に移動できるし、速度を落とさずに移動できるので数時間もあれば余裕で着く。


 ロイジウス領についたらすぐに雨を降らせて、翌日から視察を始めるとしよう。

 まあ、視察と言っても旅行みたいなものだ。

 たまには冒険も内政も忘れて気兼ねなく休日を満喫するというのも悪くない。


「アイナも大分慣れたみたいだな」


「え?」


「ん? ついこの前まで空の移動を怖がってたじゃないか。成長したなと思ってな」


「あ……そういえば……」


 ぎゅっ。

 さっきまでなんともなかったアイナが急に目を回して俺の腕にくっついてきた。


「わ、忘れてたわけじゃないの……! そ、そう……私はもう高いところなんて怖くないわ」


「そうなのか……?」


 このところ移動することが多かった。

 長距離の移動になると慣れてくるのか克服したように見えたのだが、まだ意識するとダメみたいだな。


 高いところに恐怖を感じるというのは、自然なことだ。落ちたら死ぬかもしれないし、基本的に空中では自由に身動きが取れない。

 それでも無事だったという成功体験を積み重ねればそのうちなんともなくなるはずなのだが……もうちょっと時間がかかりそうな感じだな。


「私は怖くないですからね!」


 アレリアも俺の腕に抱きついてきた。


「……だろうな。それで、その腕はなんだ?」


「ユーキを取られないように掴んでいるんですよ」


「誰に取られるんだ……?」


「ユーキは知らなくていいです! 気付いてないならそのまま気づかないでくださいね」


「はぁ」


 説明してくれれば対策のしようもあるのだが、これじゃまったくわからない。

 まあ、両腕を掴まれていても多少動きにくいだけで特に問題はない。


 近くに魔物がいれば分かるし、そもそもスイは単体で攻撃力が強いから、俺が戦うまでもないだろう。

 俺としても頼りにされているのは悪い気分にならないし、このまま腕を貸してやるとしよう。


 ◇


 こうして三時間が経過し、ロイジウス領上空に着いた。


 上空から眺める目的地は緑が特徴的だと聞いていたのだが——


「……これは、聞いていたよりかなり酷いな」


 まるで砂漠のように荒れ果て、木々は倒壊。腐食も進んでいる。上空から眺める『森だった場所』は見るも無残な姿になっていた。


 しぶとく生き残っている雑草もあるが、これも時間の問題だろう。

 かつての姿を直接見たわけじゃなかったが、そんな経験がなくてもこれがどれだけヤバいのかは分かる。


「こんなところに人が住んでいるのですか……?」


「もともとは単独で王国中の食料の三割を賄っていた地域だ。少なくない備蓄はあると思うが……」


 王国政府に知らされたのは、日照りに困っているということだけだった。

 俺もそれ以上の情報は知らない。

 たった数日でここまで酷い有様になってしまったということか……?


 まるでそうとは思えないのだが……。


 事実確認は後からやればいいか。

 まず最優先するべきは、砂漠化してしまった地域を元に戻すこと。回復には長い時間がかかるだろうが、ひとまずできることは雨を降らせること。


「さっそく始めよう。ちょっと集中するから、周りを警戒していてくれ」


「わかりました!」


「任されたわ」


 二人が見張りをしてくれているおかげで、安心して進めることできる。

 まずは、SPを消費して気候操作Lv1を限界までレベルアップ。

 今のレベルで上げられる上限値のLv3まで上げることができた。


 前準備を終えたので、スキルを使用する。


 イメージするのは、ロイジウス領全体を覆うような巨大な雨雲。

 ただし降水量は多すぎないように調整する。

 普通は森が水分を吸収しダムのような役割を果たすのだが、今のように森が機能していない状態で大雨を降らせると逆に水害を引き起こしかねない。


 この辺の微調整がレベルアップしたことによりやりやすくなった。

 また、強引に魔力を流し込まなくても雨雲を広範囲に展開することが可能になったのは大きい。


「……こんな感じだな」


 雨雲を発生させたら、あとは放っておくだけだ。

 万が一自然発生した雨雲がやってきたら消したりと臨機応変な対応も必要になるかもしれないが、ひとまず俺がやることはこれで終わり。


 スキルを発動した直後——


 ポツ……ポツ……ポツポツ。


「す、すごい! 降ってきました!」


「あんなに向こうまで雨雲が広がっているわ。……改めて凄まじいわね」


 雨脚は次第に強くなり、サーという感じで領地全体に降り注いだ。


「あっ、雨が降ったのはいいんですけどこのままじゃ濡れちゃいます!」


 雨を降らせに行ったんだからわかりきっていることのはずなのだが……。

 まあ、ここは俺がちゃんとフォローしておこう。


「こんなこともあろうかと、傘を持ってきたぞ。三人一緒に入れる特注サイズだ」


 アイテムスロットに収納しておいた傘を取り出し、パッと開く。

 異世界でも傘の形は変わらない。

 もちろん結界魔法を展開することでも対応できるのだが、合言葉を知らない村人が近づいてきたときに危ないからな。


「ユーキすごいです! 助かりました!」


「こんなところにまで気が回るなんて。やっぱりユーキはユーキね!」


 相合傘……ではないか。

 三人一緒に傘に入ることってなんて言えばいいんだ?

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