第58話:転売されてるみたいなんだが
◇
商業地区の近くまで来たので、地上へと飛び降りた。
鍛えていれば、そこそこの高さから落下してもちゃんと着地できるので、怪我をすることはない。
スイがベビードラゴンサイズになったことを確認して、商業地区へと入った。
今日はいつにも増して賑わっているようだ。
中心の噴水近くで人だかりができていた。
近くにいたおっさんに声をかける。
「今日な何かイベントでもあるのか?」
「おおっ、これは大公爵様! いやぁ、今日はオークションがあるんですわ」
「オークションか。何か珍しいものが出品されるのか?」
「ご存知ありませんか? サインみたいですぞ」
「サイン? 有名人か何かのレア物か。よっぽど人気があるんだな」
「ええ、そりゃもう。あの……握手させていただいても?」
「構わんぞ」
俺は、たまたま偶然何かの因果で男が敵になることが多く、仲間は美少女ばかりなのだが、選んでいるわけではない。男女平等主義者だからな。
だからおっさんともこのように普通に握手に応じる。
「ありがとうございます! これからもご活躍期待しております!」
そんなやりとりを終えて、俺たちはオークションの見物に向かった。
「どんな方のサインなんでしょうか?」
「私たちでも知っているくらい有名なのでしょうか? あまりピンと来ませんが……」
「アイドル的な存在の有名人なんて王都にいたっけな。まあ、聞けばいいか」
何度か繰り返し説明しているようなので、説明が始まるのを待つ。
噴水の前に立つ主催者を見たことがあるのが、少し気になるのだが。
確か、昨日俺に声をかけて来た少年だ。
「正午からオークションを始めるからもうちょっとだけ待ってくれよな! 今日は大公爵様のサイン色紙を独自ルートで入手した! 金貨1枚からスタートだ!」
おおっと歓声が上がった。
『金貨10枚出せる』『金貨100枚出せる』『いや500枚でも安い』と景気の良い声が次々と聞こえてくる。
「もしかして昨日ユーキが書いたサインって……」
「少年にサインを求められたって言ってましたよね……」
「うん、まあ……あいつだな。まさか昨日の今日で売るとは思わなかったが」
『一生の宝物にします』とかなんとか言ってた気がするが、どうやら騙されてしまったみたいだ。
見返りを求めて書いたわけじゃないからべつに気にすることではないのだが、なんかモヤモヤするな。
「ユーキ、事情を話して中止にしましょうか?」
「いや、中止にはしない。あの少年がロクでもないのは事実だが、だからといって一度あげたものの処分方法まで押し付けるのは間違っている気がする」
「でも……」
「もちろん放っておくつもりはないよ。正午まではもうちょっと時間がある。ここにいるのは千人くらいだよな。なら、まだ間に合う。二人にもちょっと協力してほしいんだが……」
「できることがあればなんでも言ってください!」
「ユーキに考えがあるというなら、私にも協力させて。なんでもするわ」
「ありがとう。じゃあ、今からお金を渡すから、ある物を買ってきて欲しんだ。買ってきてほしいものは——」
二人にお使いを頼んだ後、俺も近くの店で買い物を済ませた。
そして、準備に取り掛かる。
領民を幸せにするのが、領主である貴族の役目である。俺もその職務を全うすることとしよう。
◇
「正午になった! では、オークションを開始する! 開始金額は、さっき言った通り金貨一枚から! とんでもなくレアな代物だから、今しかチャンスはないぞ——」
「ちょっと、みんな注目してくれ!」
少年が言い終わる前に、俺は大声で呼び掛けた。
皆の注目が俺に集中する。
「あ、あれは大公爵様!」
「間近で見れるなんて幸せ!」
「本物はさらにイケメンよ!」
主催者の少年とも目があった。
『うげっ』という感じで、居心地悪そうに俯いた。
悪いことをしているという自覚はあるみたいだな。
個人の感想や少年の反応はともかくとして——
「ここに、俺のサインが千枚ほどある。ほしい人は持っていくといいぞ」
「おおおおっ!」
「さすがは大公爵様!」
「イケメンで頭が良いだけじゃなく心も広いなんて!」
大盛況で、次から次へとサイン色紙はなくなっていった。途中から品切れになってしまったので、急遽増産して、希望者全員に行き渡った。
「あっ……あっ……あの、オークション……」
もはや、少年のサインに誰も興味はない。
「あれってよく考えたら偽物かもしれないよな」
「本物でもイラネ。もう持ってるし」
「直接書いてもらったから私のは絶対本物!」
やれやれ、因果応報とはいえちょっと可哀想になってくるな。
「ユーキ、どこか行くんですか?」
「ちょっとだけあいつのところにな」
俺は、放心状態になっている少年のもとへ歩いていった。
「あっ……大公爵様……こ、これは違って……」
「売らずに持っておいてくれて俺は嬉しいぞ」
「えっ……その……」
「一生の宝物にするって言葉、俺は信じているぞ」
「…………」
それだけ言って、離れた。
本当にそれだけだったのだが——
「あれって本物だったんだ」
「大公爵様に失礼なことをしたのに咎めないなんてなんて心が広いの!」
「やっぱり偉大なお方だな」
なぜか、俺の評判がまた上がったみたいだった。
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