第57話:迷惑なのでやめてほしいんだが
◇
「ユーキお帰りなさい!」
宿へ戻ると、アレリアに出迎えられた。
決して期待していたわけではないのだが、アイナの姿がないことに首を傾げてしまう。
「ただいま。アイナはどこにいるんだ?」
「料理していますよ。前に揉めたので当番制にすることにしました」
「なるほど、それは名案だな」
揉めないようにただ気をつけるよりも、揉めないような仕組みを取り入れたほうが合理的だ。意外とこれができない人が多いので、この歳でできるのは大したものだ。
玄関を進んで、リビング兼ダイニングキッチンへ。
「アイナただいま。頑張っているみたいだな」
「あっ、ユーキおかえりなさい。もうちょっと早く帰ってくるかと思ったわ」
「まあ、用事自体はすぐに終わったんだが、ここに向かう間に足止めを食らってな」
「足止め?」
「大公爵になったことでさらに有名になったみたいで、少年に三枚もサインを書かされた」
「あー、そういえば私たちも帰る時に視線が気になったかも」
「見られてますよねー。私はあまり目立ちたくないんですけど」
「俺も目立ちたくはないが——ま、有名税みたいなもんだし仕方ないところもある。日常になればそのうち飽きるだろうし、しばらくは気にせず生活していこう」
こんなに注目されているのは今だけだ。
世間というのは、意外とすぐに飽きる。次から次へと新しい話題が流れるのだから、ずっと注目され続けるというのは無理な話なのだ。
「あ、それよりも明日は久しぶりにショッピングにでも行こうと思うんだが、どうする?」
「もちろん私ついていきます! ユーキは何を買いに行くんですか?」
「俺の用事はポーションの材料を買いに行くくらいのもんだな。あと、これからは変装用の衣装もあったほうがいいかもと思った」
「変装用の衣装は私もほしいわ。ユーキは気にしないけど、やっぱり……気になるし」
アイナは、エルフの特徴である長耳を気にしているようだ。
この国では、長年亜人が虐げられてきた歴史から、亜人に忌避感や嫌悪を示すものも多い。
俺としてはなぜ隠さなけばならないのか? と怒りが湧くのだが、そうは言っても傷ついているのはアイナなのだから、止める理由はない。
「じゃあ二人も揃って来るってことで。昼前には出るから、そのつもりでいてくれ」
朝食は家で食べて、ショッピングをして疲れたら昼食を食べて、夜には宿へと戻る。
ありきたりではあるが、理想的なプランだ。
最近は本当に色々と忙しかったから、明日は存分にリフレッシュすることとしよう。
◇
翌日。
少し遅めの朝食を食べて、宿から出ようとした時だった。
「なんだこれ……」
「すごい人だかりです……何かあったんでしょうか」
「いやいや、どう見ても私たちが目当てよね!?」
どこからか、俺たちが泊まっている宿の場所がバレてしまっていたみたいだ。
知ったところで来るなよ……と思うが、どうも悪気があるわけではなさそうで。
「大公爵様おはようございます!」
「大公爵様かっこいいです!」
「大公爵様いってらっしゃいませ!」
このように、どこかの国の記者のように不快になるような感じではない。
「ユーキ大人気ですね」
「だってユーキだもの」
「ちょっと前までとはすごい違いだな……」
ちょっと前までは、あくまでレグルスに認められた冒険者として評価されていたが、今の俺は、一応は王国のナンバー2。俺個人として評価されているみたいだ。
俺は、陸からの移動は困難だと判断した。
「スイ、休みの日に悪いんだが、ちょっと頼む」
「気にしなくていいよー。久しぶりに飛べるの嬉しい」
いつも飛んでいるような気がするが……まあ、ツッコミを入れるところでもないか。
さすがに、人だかりがいる場所にスイが巨大化するわけにはいかない。
地上から五メートルほど浮いた場所でスイは巨大化した。
俺たちは、地上からジャンプしてスイに飛び乗った。
「ふう、これでなんとかなったみたいだな」
「出かけるのも一苦労です……」
「どれくらいの落ち着くのかしら……」
正直、住まいを特定して突撃してくるような連中となると、数日で飽きるということはなさそうなんだよな……。
悪気はないみたいだが、実害が出る可能性も否定はできないし、悪意のある者が紛れ込まない保証もない。
っていうか、世話になっている宿屋への迷惑も計り知れない。
「ちょっと、引越しとかも考えなきゃいけないかもしれないな。しばらくは王城に移動するとしてもちゃんとセキュリティがしっかりした落ち着ける拠点が必要だと思う」
オートロック付きの分譲マンションを誰か作ってくれないかなぁ。
3LDKあれば十分なんだが。
あとできれば一階にスーパーが欲しい。
異世界生活も悪くはないのだが、水準としては中世か近代のヨーロッパレベル。
便利な生活が恋しくなる。
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