第56話:悪い気はしないんだが

 じゃあ、指揮命令系統はどうなっているんだ?

 そもそも、魔王の意向で人間を襲っていたんじゃないのか?


「大いなる存在は、我々に直接会わずとも、命令を下すことができる。魂に何をするべきか語りかけてくるのだ」


「誤魔化してる……わけでもなさそうだな」


 ケルカスの額からは、脂汗が垂れている。

 いくら丈夫な魔族でも腕をへし折られたくはないだろうから、変な嘘をついているとも思えない。


「魔族は、全世界に散って活動している。だが——誰一人として魔王様を見たものはいないのだ」


「それは、魔王が実は存在しないってことか?」


 魔族の共通意識の中で生み出された架空の神のようなものだと考えれば、辻褄が合う。


「それは違う。魔王様は絶対に実在する。ただ、どこにいるか分からないし見た者もいないということだ!」


 魔王ってのは、最後の村の先にある魔王城で勇者の襲撃をずっと待っているというイメージを勝手に抱いていたのだが、そうではないのか。


 まあ、よくよく考えればそれは人間にとって都合が良すぎる。

 どこにでも人間は住んでいるものだし、魔王城の場所がバレていればとっくに決着しているだろうし、指をくわえて待つようなことも多分しない。


「高位の魔族は、人間に紛れて生活している。俺も、つい最近までそうだった」


「ん、そういうことか」


 実は、ケルカスからは、魔族特有の臭いがほとんどしない。

 密着すればうっすらわかる程度で、エルフの里で戦った14体の魔族や、エルフの里の見張り魔族、王都を襲った魔族に比べると人間に近い。


 魔族の特徴である鬼のような角と黒い白目さえどうにかできれば、あながちできなくもないと思う。

 戸籍制度がいい加減な異世界だし、魔族の特徴を隠せる魔法みたいな技術があっても不思議じゃない。


「つまり、魔王にたどり着くには、人間に扮している魔族をピンポイントで見つけ出すしかないってわけか。……骨が折れるな」


「ふっ、人間なんぞに魔王様を倒すことは愚か、見つけることなんてできないと思い知ったか!」


 バキッ。


「うがあああああああっ!」


「余計なことは話さなくていい。聞かれたことだけに答えればいいんだ」


 軽く捻ったので、腕の骨が折れただけで済んだようだ。なかなか運が良い。


「——今日のところはこの辺でいい。どうも直接つながるような情報はなさそうだしな」


 俺は、痛がっているケルカスに生命力ポーションを少し飲ませて、回復させる。

 復活したので、アイテムスロットに入れておくことにする。


「お、おい……俺をどうするつもりだ?」


「約束どおり殺さないし、人体実験もしない。俺の糧になっていてもらおう」


 俺はケルカスを椅子に縛り付けたまま、収納した。


「なるほど……やっぱりな」


 ケルカスをアイテムスロットに入れておくことで魔のエネルギーLv1は有効になる。

 逆に取り出すと無効になる。

 殺すなんてもったいないことはしないほうが良さそうだ。


 ◇


 ひとまず、アレリアとアイナが待つ宿へと戻ることにした。

 大事な執務があるからと先に戻っていてもらっていた。二人とも今頃仲良く料理をしていることだろう。……と思う。喧嘩にはなっていないと思いたい。


「だ、大公爵様!」


 うん? 聞き覚えのない声に呼び止められた。

 俺はゆっくりと声の方に振り向いた。


 十二、三歳くらいの少年だ。こんな若い少年が俺に何の用なんだろう。


「初めまして! いつもお噂はお聞きしています! 俺は冒険者志望なんですが、大公爵様に憧れてるんです!」


「へえ、そうなのか。……頑張ってくれ」


 我ながらもう少し気の利いたことを言ってやれと思うのだが、なにしろ突然だったことと、憧れていると言われても『そうか』としか言いようがなかったりする。


「はい! ありがとうございます。感激です! あの、ちょっとお願いしたいことがあるんですが……」


「なんだ?」


「あの、もし良ければサインをいただけないでしょうか!」


「サイン……?」


「あ、いえ! その、無理でなければでいいんですけど……」


「べつにサインくらい減るもんじゃないから良いんだが……そんなものもらって嬉しいものなのか?」


「ええ、それはもう! 冒険者でありながら功績が認められて大公爵まで上りつめたお方ですから……みんな尊敬しています!」


「んーそんなもんか」


「ここに色紙があるので、よろしくお願いします!」


「分かった」


 俺は少年から色紙とペンと受け取り、サインを書いていく。

 サインなんて求められたことがないので、良い感じのデザインを知らないのだが——


 よくよく考えると漢字で名前を書けばそれっぽくなるんじゃないかと思った。

 異世界の住民は日本語を知らないので、なんか良い感じになりそうな気がする。外国人が漢字がプリントされたダサいTシャツを着てるって聞いたことあるし。


「よし、書けたぞ。これでいいのか?」


「おおっ! ありがとうございます! 一生の宝物にします! あ、あの——もし良ければなんですか」


「どうした?」


「予備にあと二枚書いてもらえませんか!?」


 こいつなかなか図々しいな……。

 強く生きていきそうだ。

 まあ、俺も大人だ。広い心で受けてやるとしよう。


「いいよ。色紙を貸してくれ」


「ありがとうございます!」


 まあ、サインを求められて悪い気はしない。

 本当に尊敬してくれているんだろうし、これで日々の鍛錬に身が入るのなら安いものだ。


 俺やアレリア、アイナがいないときに王都をまた魔族が襲ってきたときに自力でなんとかできる人材が増えてほしい。サインにはそんな願いを込めてある。

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