第51話:邪竜を倒してはいけないらしいんだが

 ◇


 俺は斬撃だけで残りの雑魚魔族4体を処理した。


 アレリアとアイナは上手く住民たちを誘導してくれたみたいだ。

 俺が二人に避難させることを頼んだのには、二つの理由がある。


 一つ目は、非戦闘員を守りながらの戦いは難しいこと。

 二つ目は、まだ二人には荷が重いこと。


 雑魚の魔族を大量に相手にするなら二人がいてくれた方がいい。

 しかし、ケルカスは別だ。


 四天王と呼ばれるほどの強さがあるようには見えないが、それでもアレリアとアイナが共闘しても傷一つつけられないだろう。


「勇者よ、仲間はどうした? どこかに隠れているのだろう?」


 ケルカスが尋ねてきた。


「二人ならお前も見ていたと思うが、エルフたちを誘導したぞ。あと、俺は勇者じゃないんだが」


「バカを言うな! 勇者でもなければ魔族を倒せるはずがなかろう。……身分を隠すというなら構わん。仲間の勇者がどこに隠れていようと気にせん。どうせ貴様らはここで死ぬのだからな!」


 ケルカスは両手を天に挙げた。


「フハハハハ! エルフを奪還し、我らを失策させたつもりかもしれないが、既に召喚は完了した! 出でよ、邪竜『ワイバーン』よ!」


 いい終わるや否や、空に巨大な魔法陣が出現し、ゆらりと漆黒の竜が降りてきた。

 すぐにステータスを確認する。


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 名前:邪竜ワイバーン Lv.50

 クラス:魔物

 スキル:『ブレス(闇)』

 HP:985461/985641

 MP:658497/658497


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 攻撃力:A

 防御力:A

 攻撃速度:A

 移動速度:B

 魔法攻撃力:A

 魔法抵抗力:A

 精神力:B

 生命力:SSS

 魔力:SSS


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  なかなかとんでもないステータスだ。

 本物の化け物に言う言葉として適切かわからないが、化け物じみている。


 ただし、気をつけるべきなのは HPとMPくらいのもので、その他の能力は俺の方が勝っている。——どうも、レベルとステータスの関係は他の魔物や冒険者ごとに違うらしいな。俺はレベル1の時からワイバーンより強かったみたいだし。


 これだけの差があれば、長期戦に持ち込めば確実に勝てるだろう。


 竜との戦いというのは部分的に集中砲火して先に尻尾を切断したり、脚を弱らせて移動速度を遅らせるなど、工夫次第で有利に運ぶテクニックもある。


 落ち着いて処理することが大切。それだけを気にすればいい。


「よし、プランは立てた。こっちからいくか——」


 俺がワイバーンを睨んだその時。


「アレはスイが相手する!」


 いつも通り俺の肩の上をふわふわと浮いていたスイが突然声を出した。


「いつも自己主張しないスイが珍しいな。まったく構わないが、どうかしたのか?」


「竜なのに魔族に尻尾振ってるあいつムカつく! 硬いだけで強くないからスイでも大丈夫」


 同じ竜同士、何かカチンと来るものがあったのだろうか。

 ステータスではスイの方が勝っているので、順当に戦えば負けることはない。

 引き受けてくれると言うなら止める理由はない。


「じゃあワイバーンの方は頼んだ。その間に俺はケルカスの方を相手する」


「ご主人様ありがとー。じゃあ大きくなるね!」


 スイはすぐに元の大きさに戻った。


「な、な、な、な……なんだそれは! そんな隠し球を持っていたのか! ……しかし、我らが異界より呼び寄せたワイバーンに負けはない!」


 とかなんとか言っているが——


「竜の誇りを失った哀れな邪竜よ……せめて同族である我が屠って逝かせてやろう」


「ガウルルルル……」


 スイから、水属性のブレスが発射される。

 ワイバーンも闇属性のブレスで対抗するが——まあ、勝てるわけがない。


 スイのブレスは、同じブレスでも『超強ブレス』。名前からして、ブレスの上位互換スキルだろう。

 ただでさえステータスが勝っている格上からの、上位互換攻撃。これが通らないわけがない。


「ガウルルルルル……!」


 ワイバーンが苦しそうに叫んだ。


「な、なぜだ! チッ、あそこでエルフの魔力供給が途絶えたから不完全なまま召喚されてしまったのか!」


 失敗があったのかどうかは知らないが、結果が全て。

 それはケルカスも分かっているはずだ。でも、信じたくないんだろう。

 そろそろファンタジーの世界から引き戻してやらないとな。


「あっちはそのうち終わる。こっちはこっちでカタをつけようじゃないか」


「……くっ!」


 苦悶の表情を浮かべるケルカス。

 もはや、スイの存在を確認したからには、俺に勝てたと言うだけでは不十分なのである。


 召喚されたワイバーンは確実に倒される。

 その後は、ケルカスだ。


 絶対に勝てない戦いの前に、ケルカスはいる。


「クソ! 屈辱っ!」


 ケルカスは、どんな強い魔法を放つかと思えば、ただの『火球』を撃ってきた。

 もちろん、ケルカスの狙いは『火球』で俺を倒すことではなかった。


 翼を広げて、空へと飛び立つケルカス。

 魔族ってのは空を飛べるのか——。今までは逃げる前に倒してしまっていたので、知らなかった。


 俺は斬撃で火球を処理する。

 そして——ジャンプ!


 必死に空を駆けるケルカスへと追いついた。


「なっ……! 勇者は空をも飛べるようになったのか……!」


「いや、これはただのジャンプだぞ」


「た、ただのジャンプでそんなことができてたまるものか!」


 事実を否定されても困る。どう言ったらケルカスは満足するんだろうか。

 などと思いながら、俺は蹴りを加えた。


 羽がバキッと折れて、ケルカスが墜落していく。


「よっと」


 俺が着地した時には、ケルカスは虫の息だった。

 瀕死ではあるが、なんとか生きているみたいだ。ちょうどいい。


「さっきの魔族を捕らえ損ねたからな。代わりにお前に色々と事情を聞かせてもらおう。……後でな」


 俺は余っていた手錠をアイテムスロットから取り出して、ケルカスの両手にかける。

 そして、ケルカスをアイテムスロットに収納した。


 んん……?

 ケルカスをアイテムスロットに収納した瞬間。身体の内側から漲るエネルギーを感じた。

 ステータスは変化していないみたいだが——


 スキル欄に新しいものが追加されていた。


 『魔のエネルギーLv1』。


 もしかして、魔族をアイテムスロットに収納しておくと、俺の力になるってことか……?

 こんなことならもっと魔族を捕らえておけば良かったな……。惜しいことをした。


 ともあれ、俺の方は決着がついた。

 スイの方は——


「ご主人様ー終わったよー!」


 いつもの小さな姿に戻ったスイが、俺のもとへと戻ってきた。

 倒されたワイバーンは見るも無残な姿になっていた。


「ん? なんかワイバーンの姿が薄く……」


「もともとワイバーンは何千年も前に死んだ竜だからねー。あのケルカスって魔族は死竜を無理やり復活させたんだ。いくら未練があるからって魔族に魂売るのはスイ許せなかった!」


「未練か。ワイバーンの未練ってなんだったんだろうな」


「賢者様の配下になることー」


「って、ワイバーンの未練が俺かよ……」


 なんていうオチだそれ。


「魔族の味方したらご主人様の敵になる。だからワイバーンは復活しても死ぬ運命だったんだよー」


「なんか、可哀想だな……」


 話を聞いていると、何一つ報われていなくて少し同情してしまう。今となっては消えゆくワイバーンの姿を見届けることしかできないが——。

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