第44話:喧嘩するのはやめてほしいんだが

 ◇


 宿へと帰還すると、何やらアレリアとアイナの二人が揉めているようだった。

 仲が良いものだと思っていたのだが、感情的になってお互いを罵っている。


 『喧嘩するほど仲が良い』とも言うが、喧嘩しないと仲が悪いというわけじゃないし、できれば二人には喧嘩なんてしてほしくない。


「何を争ってるんだ? ——料理をしようとしてたみたいだが」


 部屋に備え付けてあるキッチンには、食材と調理器具が置かれていた。


「あっ、ユーキお帰りなさい! アイナが新参者のくせに生意気なんです!」


「いいところに帰ってきたわねユーキ。アレリアが先輩風吹かせて傲慢なのよ!」


「うーん、全くわからん。順を追って説明してくれるか?」


 シンクの上には、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、牛肉、鶏肉、小麦粉、牛乳、各種スパイスが置かれている。何を作るつもりだったのかすらサッパリわからない。

 なお、それぞれの名前は見た目で勝手に推理したものだから、合っているかどうかは知らない。


 カレーを作るのかなとも思ったのだが、牛乳って絶対いらないよな。


「聞いてください! 私が料理をすると言っているのに新参者のアイナがやると言って聞かないんです!」


「……普通はそういうのって新入りにやらせるもんなんじゃないのか?」


「アレリアの戯言に騙されちゃダメよ。新参だからこそ私がすると言っているのにやると言って聞かないの」


「……普通は先輩がやるんなら身を引くもんじゃないのか?」


「「ユーキはどっちの味方なの(ですか)!?」」


 ……あー、ついダブルスタンダードやっちゃったか。

 っていうか、どっちがやってもいいし、なんなら二人で作れば良いんじゃないかと思うんだが。


「二人とも料理が好きなら二人でやれば良いんじゃないのか?」


「それが、そうもいかないのです」


「どういうことだ?」


「ユーキはカレーの方が好きに決まっています。なので、私はカレーを作るのです。そういう顔をしています」


「アレリアは間違っているわ。ユーキは絶対にシチューが好き。そういう顔をしているもの」


 それぞれが自信満々に持論を展開した。


「いや、なんで勝手に確定してるんだ……? っていうかどういう顔だよ!?」


 謎の材料センスはそういうことだったか。

 どちらも似ているようで若干材料が違う。


「俺は……カレーもシチューも両方好きなんだ! どっちが好きとか決められん」


「ユーキは浮気性なのですか?」


「どっちつかずの男って一番ダメよ」


「これ料理の話だよな!?」


 やれやれ。二人ともありがたいことに俺の好みに合わせて料理をしようと思っていたみたいだが、皮肉にもそのせいで喧嘩になってしまっていたとはな。


 これは俺の責任でもありそうだ。


「俺はカレーもシチューも両方好きだって言っただろ? なら、両方作れば良いんじゃないか? 多少なら保存も効くしな」


「確かに……それも一理あります」


「ユーキが言うなら……まあ」


「じゃあそういうことで決まりだな。俺はアレリアとアイナには仲良くしてほしいんだ。二人の気持ちは嬉しい。だけど、俺のせいで二人の仲が悪くなるのは嫌なんだ」


「ユーキ……。そうだったのですね」


「……私も、アレリアと喧嘩したかったわけじゃないわ」


 どうにかこうにか、仲裁には成功したみたいだ。

 事情を聞いてみれば、なんてことはない理由だった。


 でも、仲が悪くなる時ってこういう些細なことから始まるんだと思う。

 ちょっと注意しておかないとな。


 ◇


 その後、カレーとシチューの両方を調理して料理を囲んだ。

 同時に二種類も食べるのはルーがない異世界だと家庭では難しい。リッチな気分になっていた。


 何気ない日々の幸せ。これが永遠に続けば良いのに——


「あ、そういえば言っておかなきゃいけないことがあるんだ」


 ついつい帰ってきたら大変なことになって言い出せずにいたが、本当はもっと早く言っておかなければならなかった。


「衛兵が盗賊たちを取調べしてくれたんだが、その中でちょっと気になること——いや、急を要することがあってな。アイナのことで」


「私……?」


「アイナというよりもエルフの里だな」


「……何かあったの?」


「エルフの里から拉致を繰り返していたのは、この前捕まえたグループだけじゃなかった。あれよりも規模が大きいグループとの共同でやっていたみたいなんだ」


「もう一つの盗賊っていうのは今どこに?」


「それが、まだエルフの里で拉致を繰り返して、一部を帝国の闇商人に売っているみたいなんだ。エルフの里はかなり事情が特殊らしくて、王国にも情報が入ってきていない。だが、彼らの話によればエルフの里は盗賊に占拠されている」


「私……行かなきゃ」


「待ってくれ。アイナだけに行かせるわけにはいかない。敵の実態が見えない中での単独行動は危険だ」


「でも、私の……」


「明日、俺がエルフの里の実態調査に出る。これはレグルス王からも許可が出ている」


 実のところ出てはいないが、事後報告でも構わないだろう。


「調査って……一体どのくらいの時間がかかると思って——」


「調査の結果、緊急を要する状況に置かれているとしたら、その場で戦うことになるだろうな」


「当事者の私が指をくわえて——」


「エルフの里までの道はちょっと複雑すぎて、地図がないんだ。誰か、近くまで着いたら案内をしてくれるエルフでもいれば良いんだが——いや、こんな時に茶番をしている場合じゃないな。アイナ、お前もついてきてくれ」


「分かったわ……!」


「あと言い忘れてたが、アレリアにもついてきてほしい。戦力は多い方がいい。もちろん、エルフの里の問題だから、無理強いはしないが」


「ユーキとアイナが行くのに私だけ留守番なんてしません! 連れて行ってください」


「助かるよ。……急で悪いが、そういうことだから明日、日の出と同時に出発する。今夜はしっかり休んでくれ」

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