第45話:魔物がいないみたいなんだが
◇
翌日の早朝。
俺たちは王都を飛び立った。
いつも通りアレリアとアイナは俺の腕にがっしりとしがみついている。
しかしアイナは以前よりも怖がっていない気がする。
怖がっていないのにしがみつくのはどういうわけなのか不明だが、実害があるわけじゃないから別に気にするほどのことじゃない……と思うことにした。
スイの飛行速度はかなり早く、300キロほど離れたエルフの里にもすぐに着きそうだ。
「ご主人様、静かで不気味な気がします」
「言われてみれば、確かにそうだな。この辺はもともと魔物が少ないとかそういうことじゃないのか?」
王都の周りにはチラホラとあった魔物の姿が、エルフの里に近くにつれ減っている気はする。
「いいえ、それはおかしいわ。もちろん魔物が少ない場所に人は住むけれど、こんなに少ないのはちょっと異常よ」
エルフであるアイナが言うのだから、そうなのだろう。
しかし魔物が全くいないわけではない。
「この時間は魔物も寝てるだけなんじゃないのか?」
「ユーキ、魔物は夜や明け方の方が活発になります。昼よりも多いはずなのです」
「あ、そりゃそうか」
なぜだかわからないが、魔物は夜の方が活発になる。夜にしか湧かないボスのために徹夜したっけ。いやこれはゲームの話だけど。
「そういえば、受付嬢が最近王都の周りに魔物が増えてるって言ってたよな。この辺にいた魔物が移動したってことは考えられないのか?」
「長い歴史の中でそれもなくはないですが、それ自体が異常現象です」
スイが深刻そうに言う。
「そうなのか。しかし原因がわからないんじゃ、行ってみるしかないが……」
結局、この場では何もわからない。
着いたら村人のエルフたちに聞くことで案外簡単に解決する問題かもしれないし。
「スイ、ここで一旦降りてくれ」
まだエルフの里までは数キロある。
最後まで飛んでいくつもりだったのか、スイが少し驚いたように返事を返した。
「ここで良いのですか?」
「ああ、いきなり伝説の翼竜が降りてきたんじゃエルフたちがビックリするだろ? ここからは歩いて行こうと思う」
「やはりユーキ様は聡明なお方です。橋の前の広くなっているところに着陸します」
そう言って、スイが下降していく。
慣れたもので、背中に乗っている俺たちがほとんど振動を感じないくらいの軽いタッチで着陸した。
飛行機よりも快適だなこりゃ。——ケチな会社がLCCしか乗せてくれなかったから他は知らないけど。
「さて、ここからはアイナが案内してくれるか?」
「わかったわ。まずはこの橋を渡って、そのまま真っ直ぐいくだけの簡単な道だけどね。迷うまでもないわ」
アイナを案内役に連れてきたのは方便だということはしっかりバレていたみたいだ。
「オーケー。じゃあ、念のため結界魔法を展開しながら俺が前を歩く。ついてきてくれ」
小さなぬいぐるみサイズになったスイが定位置の俺の肩付近をふわふわ浮いていることを確認して、橋に足をかける。
トントンと橋を何度か踏んでみる。
「ユーキは何をしているのですか?」
「突然壊れる可能性もなくはないだろ? 念のため確認してるんだ」
「気にしすぎです……」
「結構ユーキって面倒臭い性格してるわよね……」
確認したところ、橋にはなんの異常も見当たらなかった。
普通に通れそうだ。
「注意深く行動するにこしたことはないぞ。この世界で死んだらデスペナで済まないんだからさ」
「ですぺなってなんですか?」
「あー、まあ俺の故郷の言葉だな。気にしなくていい」
デスペナルティ——キャラが死亡すると、経験値が一定割合で減少するペナルティ。レベル上げがマゾいゲームだっただけに一度死ぬと三日分の努力がパーだったからかなり慎重になったものだ。
こうして、無事に橋を渡り終えた。
しかし、何か違和感を覚えた。
「……なんか、空気が変わっていないか?」
「確かに空気が美味しいですよね」
「ふふっ、自然と共生するのがエルフなのよ」
いや、そうじゃない。
空気が美味しいというのは言われてみればそう感じるが、もっと根本的な——質的な違い。
「思い、出した——」
「思い出したって、何がですか?」
二人とも、まだ気づいていない。
上手く隠されているが、俺はしっかりと覚えている。
嗅覚というよりも、直感に働きかける臭い。
「近くに魔族がいる。それもかなりの数が」
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