第34話:あまり気にしすぎるのもどうかと思うんだが
◇
「エルフの里に帰れるようになるまでは、宿でゆっくりと過ごすといい」
アイナが泊まる宿のチェックインを済ませたところだ。
俺たちがつい最近まで泊まっていた宿屋。部屋は違うが、ちょっと懐かしい。
宿泊料は安めだが、綺麗な部屋だし買い物へのアクセスもしやすい。
なかなか良い宿である。
「じゃあ、俺たちは依頼をこなしてくるから、待っておいて——って、どうした?」
「意識してないのに、なんだか震えちゃって……」
アイナは、身体を小刻みに震わせていた。
初めて会った時もこうだった。さっきまでは収まっていたのだが。
「一人になるのが怖いんでしょうか……?」
「そうなのか? アイナ」
「私に限ってそんなことは……」
どちらにせよ、このまま放っておくことはできない。
考えてみれば、まだ奴隷商もエルフの里を襲った盗賊も捕まっていないのだから、不安に感じるのも無理はないのだ。
「今日は——いや、今日も簡単な依頼だし、アイナを連れて行っても問題ない。ついてくるか?」
「一人で留守番くらいできるわ。大丈夫……」
「全然大丈夫そうじゃない顔で言われても説得力がねーよ。無理強いはしないが」
「そうですよ! ユーキがそう言ってるんだから行きましょう」
アレリアが、アイナの腕を引っ張る。
少し抵抗していたが、根負けしたようで、
「じゃあ、迷惑にならないのなら」
ということで連れていくことになった。
◇
今日の依頼は、カルロン山の中腹に生息する魔物の討伐。
複数の依頼を抱えているので、魔物の種類ごとに倒すべき数が決まっていたはずだが——面倒なので適当に集めてまとめて屠れば問題ないだろう。
移動にはそれなりの時間がかかるのだが、今日は既にお昼なので、のんびりもしていられない。
「スイ、カルロン山の中腹まで飛んでくれるか?」
「分かったー!」
俺の肩の辺りをいつも通りふわふわ浮いていたスイが、本来の大きさになる。
竜が王都の上を飛んでいるとなれば騒ぎになるかもしれないと思って魔族の襲撃があった日以外は使ったことがなかった。
しかしレグルスによれば、賢者ユーキが龍使いであることはあの日以来周知の事実らしく、騒動にはならないとのことだった。
他の地域だと事情は変わりそうだが、王都では気軽に空の旅を楽しめそうだ。
まあ、勇者を遥かに凌ぐ翼竜を足代わりに使うのはどうなのかなとも思うのだが。
スイは俺の役に立ちたいみたいだから、まあいいんだろう。
「こ、これって伝説の翼竜!?」
そうか、アイナはスイの完全形態を初めて見るんだったな。
驚くのも無理はない。
「伝説かどうかは知らないけど、水眼の翼竜とか名乗ってたな」
「竜は人間に心を開かないはず。……どうして?」
「さあな。それはスイに聞いてくれ。賢者だからとか言ってたような気がするが」
「賢者……知らないわ」
どうも、この世界では賢者が知られていないらしいな。
俺とアレリアは、スイの背中に飛び乗った。
アイナの方に手を伸ばす。
「どうした? 乗らないのか?」
「竜の背中に乗るなんて恐れ多いことできないわ!」
「ならあの山の中腹まで歩いていくつもりか……?」
「それは……」
「あっ、分かったぞ。お前さては高いところが苦手なんだな?」
高所恐怖症というやつだ。
高所に恐怖を感じないのはどうかしていると思うが、怖がって足が竦むのもそれはそれで厄介なものだ。
恐怖症ってのは治るようなもんでもないし、どうするかな。
「高いところが怖いんじゃなくて、その、竜が怒らないかな……って思ったの」
「え、スイってもしかして背中に乗るの嫌だったのか?」
「ご主人様のご命令とあらば不快に感じるなど滅相もございません。お仲間もご一緒にどうぞ」
「だそうだぞ」
「ええ……」
なぜか、アイナをドン引きさせてしまっていた。
「なんかもう、本当にユーキって何者……?」
呆れ顔になりながら、俺の手を取るアイナ。
諦めてスイの背中に乗り込んだ。
「スイ、出してくれ。準備はオーケーだ」
俺が合図を送ると、翼をはためかせ、空へと飛翔していく。
雲一つない青空。素晴らしい景色。気持ち良い風。
やはり、空の旅は最高だな。
前回は楽しむ余裕がなかったが、今日はゆるりと楽しめる。
「外に出てみるのも気分転換になるだろ? ——アイナ?」
なぜか、アイナは俺の肩にしがみついてブルブルと震えていた。
顔も少し青ざめている。
「……どうした?」
「その、ちょっと下を見ると腰が引けて……」
さらに、密着度がアップする。
そんなに密着されると、当たるんだが。その、豊満な胸が。
「ああ……やっぱり高いところが怖かったのか」
「怖いわけじゃ……」
ガタン
「キャッ!」
一瞬、高度を下げるタイミングで揺れが起こり、アイナが声を上げた。
「……あー、そうだなーアイナは高いところが怖くないんだなー」
まったくそうは見えないのだが。
「アイナばっかりズルいですよ! 私も怖いです」
なぜかアレリアが対抗意識を燃やし、空いている左肩にしがみついてきた。
「いやいやお前は怖くないだろ!?」
「怖いです!」
決して嫌なわけじゃない。
嫌じゃないのだが、早く着いてほしい気持ちでいっぱいになった。
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