第33話:ただの通りすがりの冒険者なんだが

 まず、どこかの店に入るにもこの格好じゃ迷惑だ。

 不思議と臭くはないが、見た目は浮浪者そのもの。


 庶民的な店でもドレスコード……とまではいかないが、最低限の清潔感は求められる。


「一旦王城まで帰ってシャワーを浴びてもらうか」


「ご主人様ー、綺麗になればいいんだよね?」


 珍しく、スイの方から話しかけてきた。


「そう言うことだ。人間社会ってのは面倒なんだ」


「スイならここで綺麗にできるよ〜?」


「それ、本当か……?」


「だって水の竜だもん!」


 スイはえっへんと胸を張った。

 性別不詳だが、なかなか可愛いな。


「うーん、こんな感じかな?」


 スイが水魔法を使う。

 すると、エルフの少女の身体が薄い膜に包まれ、水が流れ込む。


「ちょ、これ大丈夫なのか? ……溺れないよな?」


 俺はいつでも膜を破壊できるよう、念のため魔剣を用意した。


「大丈夫、この水は息もできる優れものなんだよ〜」


 スイの言うとおりのようで、特に息苦しそうには見えなかった。

 吐いた息がブクブクと泡になっている。


 膜の中で水流が生まれ、汚れを洗い流していく。

 一通り綺麗になったら、水が膜の外に流れ出した。

 水が完全に抜けた。


「なんていうか、これシャワーとか風呂というより洗濯機だよな……」


「洗濯機ってなんですか?」


 つい口走った言葉に、アレリアが反応した。

 単純に知らない様子だ。


 そういえば、異世界に来てから洗濯機を見たことがないな。王城にも洗濯機はなく、手洗いだった。


「あー……そういう魔道具があるんだ」


「そうなんですね。身体を洗うのが楽になっていいですね!」


「うん、そうだな……」


 用途が違うけどな!


 さて、水は抜けたようだが——


「脱水と乾燥できてなくないか!?」


「え? 勝手に乾くよ?」


「竜基準で考えるな! 人間は濡れたままだと風邪を引くんだ!」


 そりゃあ竜が水浴びしてもバスタオルで拭いたりしないだろう。竜とはそういうものだからな。でも人間……というか厳密には亜人だが、そのままにはしないだろう。


 それに、濡れたまま店に入るのもなかなかに迷惑だ。


「仕方ないな。これでなんとかなるかな」


 俺は、この前覚えたスキルを思い出した。

 武器屋の火事を収めた時に使った『気候操作』。


 この膜内だけを湿度0%に維持する。

 さらに、膜内で空気を循環させて、乾燥を早めることも忘れない。

 脱水症状を起こさないように、あくまでも服と身体の表面の水分を取るよう意識した。


 こうすることで、急速に水分量が減っていき、すぐに乾燥した。


「ご主人様すごい! すぐに乾燥したよ」


「まあ、なんとかなって良かったよ。スイもご苦労だったな」


 なんやかんやあったが、王城まで戻って着替えるよりは早かった。

 結果オーライというところだろう。


 ◇


 ガツガツガツガツ。


 エルフの少女は、よほどお腹が減っていたのか、二人分の料理を一瞬でたいらげ、さらに新しい料理に手を伸ばしていた。


 しかし、本当に可愛いな。

 エルフは美男美女ばかりだというイメージだが、この子は特別な気がする。


 比較対象がないが、アレリアと比べてもまったく劣らない。

 どちらが綺麗かと言われると結論を出せないが。


「ふぅ」


 どうやら、食べ終わったようだ。

 大分元気を取り戻している。


「なかなかの食べっぷりだったな」


「本当に助かったわ。ありがとう——えーと……?」


「ユーキって呼んでくれればいい」


「ユーキ、ありがとう。私、アイナ・ニーシェル。ユーキは命の恩人よ」


「ま、そうなるか。大したことはしてないんだが……。とりあえずしばらくゆっくりしていくといい。それでアイナ、出身は?」


「エルフの里よ。急に変な人間が襲ってきて、さらわれて……」


 盗賊の中でも悪質な者は、亜人を狙ってさらい、奴隷商に売り飛ばしていたらしい。

 売り飛ばされた奴隷は、亜人愛好家と呼ばれる変態や、強制労働目的のオーナーなどに転売される。


 今は政権交代のゴタゴタで処理が追いついていないが、なるべく早めに摘発していかないとな。


「本当に、アイナには悪いことをしたな。いや、アイナ以外にもさらわれたエルフはいただろう」


「ユーキが謝ることじゃないわ。仲間を守れなかった私の責任なんだから」


「アイナが思いつめることでもないと思うが……。エルフの里の問題を一通り解決したらちゃんと帰れるように手配しよう。それまで待っていてくれ」


 アイナが、驚いたような顔をする。


「手配……問題を解決って、ユーキは何者なの……?」


 本当は国を動かすくらいの力はあるのだが、この段階では黙っておこう。

 そもそも中枢の数人しか知らないしな。


「ただの通りすがりの冒険者だ」

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