第32話:捨てられたエルフの奴隷を拾ったんだが

 ◇


「さて——今日の依頼は……ん? なんかやけに多いな」


 いつもの依頼を受けるのと同じ要領でCランク依頼が貼られている掲示板を見ていたのだが、多分、いつもの1.5倍はある。他のランクの依頼も気持ちいつもよりも多いように感じた。


 まあ、そんな日もあるのだろうと気にも留めずに、依頼を物色している。

 すると、


「あーっ お久しぶりですユーキ様! それにアレリア様も!」


 いつもの受付嬢が、俺たちを見かけてはしゃいでいた。

 確かに長い間来ていなかったから、見慣れた顔を見ると俺も少し落ち着く。


「久しぶりだな。それよりユーキ様ってなんだ?」


「レグルス様——いえ、陛下がユーキ様に関する誤解を解いた途端に『レグルス様に認められるユーキってのは何者だ?』って話で持ちきりになって、魔族退治の立役者はユーキ様という事実が広まって、いつの間にか王都の人たちはユーキ様と呼ぶようになったんですよ!」


 物凄い手の平返しも良いところだな……。

 まあ、権威ある情報源から発表されればそのまま信じるのも無理はない。


 なんというか、様呼びされるのはむず痒いのだが。


「俺を様呼びするのはともかくとして、アレリアも何か噂が広まったのか?」


「ユーキ様に仕える女神様ではないかという噂がありますね! あまりに美しいということで、皆さん納得しています」


「そんな噂があるのか……」


「あの、それで本当のところどうなんでしょうか?」


「ん?」


「あの、アレリア様が女神様なのかどうか……」


 お前も信じてたのかよ!

 俺が呆れて無言になっていると、


「あっ、話せないこともありますよね! よーく分かりました!」


「いや分かってないだろお前……」


「私、女神ではありませんよ……? そんな大それたものではありません」


 いやいや帝国の皇女ともなれば、大それたものではあるのだが……。


「それは残念……でもありませんね! 逆に親しみやすくて好感度がアップしますよ!」


 はあ、親しみやすくはないだろう。皇女だぞ皇女。

 ——まあ、知らないから仕方がないのだが。話すといろいろややこしいし、今のところはダンマリといこう。


「そんなことよりも、依頼の数がいつもより多い気がするんだが気のせいか?」


「あー、最近魔物がちょっと活発になってきているんですよね」


「原因は分かっているのか?」


「いえ、不明ですが時期によって魔物の数が変動することはよくあるので気にするほどのことではないかと」


「そういうものなのか」


 俺は、この世界に来てからまだ一ヶ月程度しか経っていない。

 この世界の常識や、データに関してはギルド職員であるこの受付嬢の方が詳しいはずだ。


 なら、俺よりも客観的に分析できているのだろう。


「依頼が消化不良気味なので、ユーキ様に来てもらえたのは幸いでした! 次から次へと増えていくので、全部受けてもらっても大丈夫ですよ!」


「さすがの俺でも全部は無理だぞ……」


 俺を超人か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。


「そうですよ。いくらユーキでも全部は無理です! 50件くらいに抑えた方が良いですよね?」


「そうだな。あまり根を詰めすぎてもよくないし」


「いえいえそれでも十分ですから! っていうか冗談で言ったんですよ!?」


 冗談を真に受けて驚かせてしまったようだった。


 ◇


 なるべく近くで済ませられる依頼を選び、すぐに出発することにした。

 昼過ぎには全ての依頼を終えられるだろう。


 王都の門の方へと向かった。


「——ん? 野良猫か?」


 路地に作られたゴミ捨て場にて、ゆらゆらと動く影を見つけた。

 近づいて確認すると、思ったよりも大きい。猫ではない。


 人のようで、ちょっと普通の人とは特徴が違った。


「亜人……でしょうか」


 服も髪も身体も汚れきっているが、その正体は亜人の少女だった。

 歳はアレリアと同じくらい。


 長い銀髪に、碧色の綺麗な瞳。胸はかなり大きく、アレリアと良い勝負をしている。

 最も特徴的なのは、ピンと尖った長耳。

 ちゃんと綺麗にすれば驚くほどの美少女になるだろう。


 そんな少女は、首輪を繋がれ、手錠をはめられ、重りを背負っている。

 俺たちを見て、ガタガタと震えている。


「エルフだ。それにしても酷い扱いを受けているな……」


「王国が奴隷商が秘密裏に亜人の売買をしているとは聞いていましたが、逃げ出したんでしょうか」


「いや、奴隷商が捨てたんだろう。王国が新体制になってから亜人の売買に厳しい罰則を設けた。捕まる前に損切りしようと考えたんだろうな」


 そもそも周辺諸国との条約では、亜人への差別を禁止している。

 他国では、亜人への差別はない。

 旧王国のみが亜人を差別することを実質的に許し、奴隷商への罰則が存在しなかったのだ。


 なお、亜人以外の人身売買についてはもとより禁止されているし、罰則もある。

 まあ、旧王国では国王自らが破るくらいなので、運用実態はかなり緩かったのかもしれないが。


 俺はそれを問題視し、厳しい罰則を設けるとともに奴隷を解放するよう声明を出した。——レグルス経由で。


 過去の罪については問わない代わりに、生活に十分な現金を持たせて解放するよう指示したが、守らなかった奴隷商もいたようだな。


「これは、俺の責任でもある。やり方が甘かった。——受けた依頼は後でこなすけど、その前にちょっとこの子を保護したい。アレリア、許してくれるか?」


「ユーキならそう言うと思いました。私も心配です。こっちの方が優先ですよ」


「すまない。ありがとうアレリア」


 俺は、エルフの少女の鎖を全て素手で壊した。


「立てるか? そんなものを食べたら腹を壊すぞ。美味いものを食べさせてやる。ついてこい」


 ガクガクと震え、死んだ目をしていた少女の瞳に、光が宿る。

 エルフの少女は、俺の手をギュッと掴んだ。

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