第29話:人質を取られてもノーダメージなんだが

「魔族を愚弄するなァ! いいだろう、本気を見せてやる。今のは、実は小手調べだ」


 だろうな。

 いくらなんでも、これが本気のはずがない。


 魔族は、胸元から石のようなものを取り出し、飲み込んだ。

 飲み込んだ途端、目が血走り、筋肉が肥大化していく。


「人間——名を何と言う?」


「……松崎祐樹だが?」


「マツサキ・ユーキ……我が命を燃やすに不足なし!」


 さっきとは比べものにならないスピードで魔族は六発の火球を投げ、続け様に猛突進してきた。

 速度も、威力も確かにさっきよりは強い。


 だが——


 パンパンパンパン!


 結界魔法に衝突し、全て霧散してしまった。


「ぐへっ!」


 猛突進してきていたのも、悪手だ。

 結界に衝突して、魔族は情けない声をあげた。


「お前が何か謎の強化をしている間に俺が何もしていないとでも思ったのか?」


 実は、スイに乗って王城に飛び込んだ時には、結界魔法は間に合わなかった。

 だから初撃は剣で弾いた。

 

 だが——魔族が悠長にも強化に時間を使う間に、俺は結界魔法の構築をしていたのだ。

 俺に奥の手がなければ、待ってやらずにそのままの勢いで攻撃するだろう。普通。


 そんなことも分からないのか……?


「あ、ありえない……人間の分際で、魔族に匹敵……いや、魔族を超えているだと……!?」


「ありえないかどうかは、今から分かるんじゃないのか?」


 今度は、こっちが攻める番だ。

 俺は魔剣ベルセルクを持つ右手に力を込める。


「く、くそ……こうなったら!」


 魔族がニヤリと笑みを浮かべる。

 さっきの猛突進の要領で、今度は国王セルベールの首を掴み、俺に突き出した。


「グハハ! 力で叶わぬなら知恵を使えば良い。それが魔族の戦い方よ!」


「……よく分からんのだが、どういうことなんだ?」


 セルベールの首根っこを掴んで、俺に突き出す。……それの何が戦い方なのだろうか。

 単に無防備になっているようにしか見えないのだが。


「いかに強くあろうとも、守りながら戦うのではさぞやりにくいことだろう。ふっ、マツサキ・ユーキよ、俺に攻撃を仕掛ければ、この王が死ぬぞ。さあどうする?」


 ああ、なるほど。

 人質を取ったつもりだったのか。


 確かに、「普通なら」有効な方法かもな。


「お前は王を助けに来たのだ! なら、王が死ぬかもしれない状況で攻撃を加えることはできない! 俺の勝ちだ!」


 ふっ。


「な、なに笑ってやがる……? まだ、何か手があると言うのか?」


「いや、そんなものはない」


「そうだろう。よし、そこに跪け。お前が生きている間は王が死ぬことはない」


「断る」


「な、なぜだ!? 王を助けに来たんじゃないのか!?」


 俺は、『神の加護』で強化された俊足で、魔族へと接近する。


「いつ、俺が王を助けに来たと言った?」


「……なっ!?」


「人質を取る相手を間違えたな。アレリアを人質に取っていれば、お前にも勝ち目はあったかもしれない——いや、それはお前には無理だったが。俺に取って、セルベールが死のうが生きようがどうでもいい。ノーダメージだ」


「く、クソォ!」


 魔族は、セルベールを離して飛び上がる。

 だが、もう遅い。


「グアアアアァァァァ!」


 急所であろう胸を剣で貫いた。

 大量の出血を伴い、魔族は力を失う。


「まさか人間にここまでの強靭な肉体と、精神を持っている者がいようとはな……守るものがないなど、無敵ではないか……。だが、私は四天王最弱の一人……」


 四天王……だと?

 こんなのが、まだ三人もいるということか。


 まあ、最弱だということには大した驚きはないが……。


「……であるケルカス様を尊敬する魔族だ……」


 いや、お前が四天王じゃないのかよ!

 その口調だとそうとしか思えなかっただろ。紛らわしい。


「そうか、まだ喋れるとは、案外魔族ってのは丈夫なんだな」


 剣を左右に動かして、魔族にトドメをさした。

 最後の話はちょっと気になるところだったが、これ以上何も喋らなかったので、聞き出せなかったのは仕方がない。そもそも聞いても話すかどうかは分からないしな。


 魔族は処理した。

 これで、王都を襲う魔族は去っていくだろう。


 だが、魔族が置いて行った問題はもう一つある。


「マツサキ・ユーキ……た、助かったぞ! いやぁ、まさかキミがワシを助けてくれるとはな……! 今までの非礼は詫びる。補償もしよう! 金だっていくらでもやる!」


 そう、国王セルベールが生き残ってしまった。


 魔族は、最初から少なくとも俺と戦っている間にセルベールを殺すつもりはなかったのだろう。

 人質は、死んだ時点で人質の機能を失う。

 強盗犯が人質を生かしておくのと同じ理屈だ。


 いっそのこと何かの間違いで死んでくれた方がスッキリしたのだが。


「詫びは必要ない。補償もな。そして重税で巻き上げた汚い金を俺が受け取ると思うか?」


「お、お前がワシを恨んでいるのは分かっている! 誰にだって間違いはあるだろう? 最初は賢者が強いなんて知らなかった! ワシを許しておくれ」


「それだけなら、許しはしないまでも、追い詰めることはなかっただろうな。だが、セルベール。お前がやった最大の過ちは、アレリアを手に掛けたことだ。俺がついていることを知りながら、アレリアを狙ったこと——それは許さん」


 いいことを思いついた。

 全てが丸く収まる画期的な結末だ。


「セルベール、明日を楽しみにしておくといい」


 俺は、セルベールを地下の牢に放り込み、王城を離れた。

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