第16話:『水眼の翼竜』がペットになりたいと言うんだが
「ああ……賢者様……お待ちしておりました」
「いや待て、俺はお前のこと知らないぞ」
少なくともお待ちされるほどの仲ではないはずだ。そうだったら覚えている。
というかこんなデカい生き物を見たのが前世からカウントしても初めてなんだが。
「私は『水眼の翼竜』——と人間には呼ばれています。古今東西、竜とは賢者様と共に生きるもの。人の姿をしながら竜の叡智と力を超えるものに惹かれるのです」
「竜の都合は知らんが、俺はそんなに惹かれないんだが……」
「私を配下としたとき、必ずや賢者様にも強大な力を享受できることでしょう——」
強大な力ねえ。
そんな力なくても個人的に幸せに生きられればそれでいいんだが。
「いやいや、配下ってつまりペットだろ? そんなにデカいのはちょっと困るんだが……」
「ご心配なく。小さくなれるので邪魔にはなりません」
『水眼の翼竜』はみるみるうちに小さくなり、ぬいぐるみみたいに可愛くなった。
これ、どこかで見たことあるぞ。
「ベビードラゴンか……?」
「さすがはご主人様! 詳しいね! 力はそのままに、身体だけ小さくなったんだよっ!」
面白いことに、口調も可愛くなっている。
ベビードラゴンになった竜は、俺の肩にちょこんと鎮座する。
「この大きさならアリだな。ペットになりたいというなら俺は構わないが、アレリアにも許可を取らないとな。——アレリア、ベビードラゴンを飼おうと思うんだが、どう思う?」
近くで唖然としていたアレリアに声をかけた。
「それ、私に拒否権なくないですか!? 私は反対しませんけど……」
アレリアの許可も取れたということで、条件が全部整ったわけだ。
「よかったな。お前を飼えることになったぞ」
「やったー、嬉しい! あっ、ところでご主人様」
「ん、どうした?」
「ご主人様の仲間に酷いことしちゃってごめんなさい」
「アレリアのことなら怪我一つしてないから問題ないぞ」
「そうじゃなくて、そこにいる七人のことだよ?」
ベビードラゴンは、傷だらけになっている七人の勇者に目を向けていた。
「ああ、あれは仲間じゃないから謝ることじゃないぞ」
「そうだったの?」
「顔くらいは知っているが、仲が良いわけじゃない。どっちかというと悪い方だな」
「そっかー。じゃあご主人様の敵ってことだね。殺っといたほうがいい?」
ジロっとファブリスを見るベビードラゴン。
こいつなかなか小さい図体で物騒なこと言うんだな……
「ひっ……や、やめてくれ! なんでも、なんでもする! そうだ、マツサキ・ユーキ、勇者にならないか? 今なら勇者パーティのリーダーを譲ろう! 悪くない提案だろ? な?」
「いや普通にありえないだろ。追い出したのお前だぞ。なんて言ったか覚えてるよな?」
——お前が勇者でないのならばもう俺に関わるな、雑魚が! いや、俺だけじゃない。勇者パーティの総意だ! というファブリスの言葉が、脳内で蘇る。
「お前の言葉を借りれば、弱者を助ける義理なんてないわけだが」
「取り消す! お前は全然弱くない! だから助けてくれええええ!!!!」
「一度言葉にしたものが簡単に取り消せると思うなよ」
「……ほ、本当に、心からそう思ってる! うぅ……死にたくない」
こいつはどこまでも自己中心的なやつだな……。
しかしこの流れだとどっちが悪者かわからないな。
「ひとまずこいつらは殺さなくていい。お前が手を汚すほどの相手でもないしな」
ほっと胸を撫で下ろすファブリス。
顔色も良くなった。
「だが、勘違いするなよ。殺ろうと思えばいつでも殺れることは変わらない」
「ひっ……わ、わかってる」
「それから、もう一つ生かす条件がある。王都——いやもしかすると王国中か。蔓延してしまった俺への悪評の一切を否定しろ。そしてお前たちが非道なことをしたのだと謝罪しろ」
「それは……」
「なんだ、できないのか?」
「やりたいのはやまやまなんだが、王の承認とか色々あるんだこっちにも……」
「そのくらいなんとかしろ。それとも——」
チラッとベビードラゴンを見る。
ファブリスの顔が真っ青になった。
「わ、分かった! やる! 絶対にこの件はなんとかする! だから見逃してくれ!」
「できるなら最初からそう言えばいいんだ」
言質は取れた。
やるかやらないかはわからないが、殺すよりはこっちに賭けた方が良い。
もし、勇者を殺したとなれば、俺が一方的に悪者にされてしまう可能性が高い。
元々の評判は情報操作のせいもあって俺は地の底なんだからな。
「アレリア、そろそろギルドに戻るぞ」
「勇者たちはどうしますか?」
「放っておけばいい。軽傷のやつもいるだろうし、なんなら救助も来るだろう」
「わかりました!」
「あのー、ご主人様」
「ん?」
「名前が欲しいです。名前がないとご主人様の役に立てない!」
「名前か。……『水眼の翼竜』だし、スイとか? い、いやネーミングセンスがなかったな。気に入らなかったら別のを——」
「スイ……良い名前! ご主人様ありがと〜!」
「満足してくれたならよかったが……うん」
依頼を10件こなして、プラスでポーションの素材を回収して、スイがペットになって、勇者たちには名誉回復の言質をとった。
なかなか充実した冒険者ライフではなかろうか。
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