第13話:睡魔が手強すぎたんだが

「隊長、どうしましょう!?」


 魔法兵器を使ったのにもかかわらず、結界魔法を突破できなかった暗殺部隊は大混乱だった。

 任務に失敗したことは、一度もない。


「どうするもこうするも、作戦は失敗だ。——ありのままを報告するしかあるまい」


「そんな……!」


「攻撃を当てるどころか、近づけもしない。仮に近づけたところで、我々の手に余る。認めたくはないが、認めざるを得ない事実だ」


「……そうですね」


「しかし、収穫はあった」


「と、いいますと」


「ターゲットは、化け物じみた能力を持っている。我々では、勝てないということがわかったのだ。彼を相手にできるのは、もはや勇者しかいない」


「本当にターゲットは人間でしょうか……」


「魔族でないなら人間だろう。……ふっ、勇者ですらない人間に敵わないとは。世界は広いな」


 と言いながら、隊長は口角を上げた。


「隊長……なんか喜んでいませんか?」


「王の前では絶対に言えんが、勇者に勝るやもしれぬ力の持ち主なのだ。——俺は、勇者のいけすかない態度が気に入らなかったもんでな。勇者も多少は緊張感を持つようになるんじゃないか?」


「なるほど、そういうことですか……」


「無駄口を叩くのはここまでだ。できる限りの証拠は隠滅し、迅速に撤退する。いつも通り、落ち着いてやるんだぞ」


 こうして、暗殺部隊はユーキに指一本触れるどころか、顔を合わせることすら叶わず撤退したのだった——


 〜〜〜




 チュンチュン。


「あの、ユーキさん! 起きてください!」


 誰かが、身体をゆさゆさと揺らしてくる。


「……誰かと思えばあんたか」


 寝ぼけ眼を開くと、ギルドの受付嬢だった。朝になったら試験の合否を伝えに来ると言っていたが、そうか——もう朝になったのか。


「最終試験の途中に寝る人なんて初めて見ましたよ! 普通は夜通し見張っているものなんですよ?」


「いつまで経っても来ないから休憩してたんだ。近づいてくればすぐにわかるしな。寝落ちしたのは想定外だったが」


 結界魔法の中は、外の音すらもほとんどが遮断される。

 よほど近くから話しかけられないと気づけないほどだ。


 静かな空間で一人。草木も眠る真夜中。焚き火の明かりが一つだけ。

 言い訳にはなるが、三拍子揃うと睡魔に勝てなかった。


 睡魔はいかなる人間よりも強い——それが理解できた。


「それで、試験の結果なんですが」


「いやちょっと待て。担当官がすっぽかしたのは俺のせいじゃないぞ。俺は抗議する」


「最後まで話を聞いてください。そもそも担当官はすっぽかしてなんかいません」


「え? でも来なかったぞ」


「来なかったのではありません! 来られなかったんです」


「同じことだろ」


「全然違います。謎の見えない壁を突破できず、襲撃に失敗したのです」


 ああー、結界魔法のことか。

 あの壁を壊せることは既に実験済みなのだが、場所によって硬いところとかがあるのだろうか?

 いやいや、均一のはずだ。


 俺のMPが使われているからか、感覚的に理解できる。


「あれ? じゃあなんであんたは結界の中に入れるんだ?」


 まだ結界魔法は解除していないはずだ。

 っていうか、破られていないことは分かる。


「え? 普通に入れましたよ」


 結界の中に俺以外が入る方法——あっ、アレリアに合言葉を教えたときに、近くにこの受付嬢もいたっけ。

 今回は結果オーライだったが、合言葉を教えるときは気をつけないとな。


「あーいや、なんでもない。続けてくれ」


「はあ。それで、つまりですね。……おめでとうございます。試験は合格です!」


「おおっ! 戦ってないけどいいのか?」


「規定では、襲撃者に対する対応が評価されます。一見すると対応がなければ不合格のようにも思えますが、この試験の趣旨はあくまで実践のキャンプでの対応力。6時まで何事もなくキャンプを守ったのですから、合格としなければおかしいのです」


「なるほど、理屈が通ってる」


「そして、これがギルドが発行する身分証です。どうぞ」


 ギルド証は、チタンっぽい感じの丈夫そうな肌触りだった。


 俺の名前と、冒険者ランクEという文字が刻まれている。

 隅には、これが本物のギルド証であることを担保する王都ギルドの印鑑模様も刻まれていた。


「依頼ってのは、もう今日から受けられるのか?」


「もちろんです。でも最終試験後はかなりお疲れ……じゃなさそうなので、大丈夫でしょう。私の方が眠いくらいです。こんなの絶対おかしいです」


「すぐに依頼を受けられるのはありがたい。アレリアを叩き起こしてすぐにでも向かうよ」


「はい、王都ギルド一同お待ちしております!」


 こうして、晴れて俺は冒険者になった。

 冒険者は傭兵のようなもので、決して定職に就いたわけではない。


 でも、仕事は仕事だ。


 会社をクビになって、異世界に転生して、いきなり追い出されて、なんやかんやと色々あったが、やっと異世界で生きていく術を見つけた。


 入社当時みたいなバリバリ出世コースは望まない。

 適度に働いて、田舎でゆるゆるとスローライフできれば最高なんだが——

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